波紋を呼ぶSteve Jobs氏(Apple)の音楽配信DRM発言

iPodで有名なAppleのSteve Jobs氏の音楽配信DRMに関する発言が大きな波紋を呼んでいる。Jobs氏が2月6日に”Thoughts on Music”(www.apple.com/hotnews/thoughtsonmusic/)と題したレターに書いた内容は、要約すると以下の通りである。

最近、iPodの大きな成功のため、Appleが不正コピー防止のためiPodとiTunesで使用しているDRM(Digital Rights Management)システムを開放するようにとヨーロッパを中心に言われているが、そもそもDRMは大手CD会社4社がAppleがインターネット音楽配信をすることに対する条件として組み込まれたものである。このDRMがあるため、iTunesからダウンロードした曲はiPodでしか聞けず、MicrosoftやSonyの場合も同様で、彼らの音楽配信サイトからダウンロードしたものは同じ会社の携帯音楽プレーヤーでしか聞けない。さらに音楽配信サイトからダウンロードした曲をパソコン等にコピーする場合は、一定の制限が加えられている(iTunesの場合は、最大5つまで)。これらのDRMの問題のため、消費者は音楽配信サイトから曲をダウンロードし、自分の聞きたい機器で聞くことが出来ない場合も生じており、不便を感じている。

このような状況に対し、Jobs氏は3つの代替案を示している。一つは現行どおり、音楽配信サイト/携帯音楽プレーヤー各社がプロプラエタリー(独自)なDRMを使い、消費者に不便をきたし続ける案。二つ目は、Appleが自社のDRMを他社にライセンスし、使ってもらう案。ただ、この一見よさそうな案に対し、Jobs氏は、多くの会社に同じDRMが利用されることにより、セキュリティが守れなくなる可能性等をあげ、賛成していない。三番目は、音楽CD会社に、全くDRMを使わない音楽配信を許可してもらうというもので、Jobs氏は、この案を勧めている。

Jobs氏のこのレターが大きな波紋を広げているのは、この三番目のDRMをやめてしまうべきという案をJobs氏が提案しているためだ。そもそも音楽CD業界は不正コピーによる問題が最近のCD売上低下原因の一つと考えており、その防止策としてDRMをAppleはじめ各社にインターネット音楽配信の条件としている。それをやめるべきだなどという意見を音楽CD会社が聞く可能性が本当にあるのだろうか、という疑問がわいてくる。

これに対し、Jobs氏の考え方は、DRMを使っても結局不正コピーは防げていない。現在でも音楽CD会社は90%以上の曲をCDによって販売しており、インターネットによる音楽配信は10%以下でしかない。そして、CDで購入されたものはDRMがなく、誰でも簡単にパソコンにアップロードし、不正コピーを他の人と(技術的には)シェア可能だ。そのため、インターネット音楽配信だけのためのDRMは、不正コピー防止にはほとんど役に立っておらず、逆に消費者に不便を課して、音楽配信発展の妨げとなっている、というわけだ。したがって、DRMをなくすことは、むしろ音楽CD業界にとって、プラスになることだと主張している。

そもそもiPodとiTunesの組み合わせで、しかもDRMのためにプロプラエタリーなシステムを売ることにより、最も利益を得ているのはApple自身である。そのAppleがなぜこのようなことを言い出すのか。この背景には、ヨーロッパでAppleに対してAppleのDRM(FairPlay)を開放するようにという動きがあるのに対し、その矛先をAppleではなく、音楽CD会社に向けようという意識が働いている、という見方もある。しかしまた、プロプラエタリーな世界に固執して失敗した昔のパソコンでのAppleの二の舞をするまいというJobs氏の今回の動きともとれる。ともかくユーザーを味方につけることが最大の武器になることは言うまでもなく、今回のJobs氏の動きはそれにそっている。

DRMの廃止については、消費者団体、また、後発の音楽配信サイトや携帯音楽プレーヤー・メーカーからも、以前から要望が出ていた。したがって、彼らとしては、業界最大のiPodとiTunesを持つAppleのJobs氏がこのような発言をしたことを、大いに歓迎している。

私は最初この話を聞いたときに、DRMを廃止することが本当にいいことなのか、疑問に感じた。CDを買うにしろ、インターネットから曲をダウンロードするにしろ、曲を自分のものにするためにはお金を払い、そのお金が歌手や演奏家、作詞家、作曲家、編曲者などに印税として渡らなければ、音楽を業としている人たちもやっていけないと思ったからである。私も、音楽ではないが、以前、本を数冊書いて、印税をもらう立場にあったから、なおさらそのように感じた。

しかし、Jobs氏の言っていることを聞いていると、確かにCDにはDRMはないし、DRMがあっても、それを破ってインターネットで公表してしまうような人間が出てきても不思議はない。結局、インターネットでダウンロードした曲にDRMがついていたとしても、本当に不正コピーがなくなるわけでないことは確かだ。また、Apple、Microsoft、SonyがそれぞれのプロプラエタリーなDRMを使用しているため、消費者に大きな不便を課しており、そのためにインターネットによる音楽配信の速度がゆるまっていることも確かだろう。

どうやっても不正をする人はするし、正直にお金を払う人は払う、というのも事実である。一般のお店でも、万引き防止のために何人の人を雇って見張りをするかは、見張りの人を置くためにかかるコストと、万引きで失うものとのバランスで決まる。インターネットによる音楽配信にDRMをつけることによってかかるコスト(DRMシステムの構築・保守のコストだけでなく、もっと重要な、消費者が不便を敬遠するために失っている機会損失コストを含む)と、DRMをやめた場合に増える不正コピーのコストのバランスがどうかということだろう。

実は、今でもDRMなしで音楽配信を許している音楽CD会社もある。中小のインディペンデント系の会社は、できるだけ幅広くビジネス展開するため、大体DRMをつけずにどの音楽サイトでも曲の配信を許し、どの携帯音楽プレーヤーでも聞くことが出来る。彼らのバランス感覚では、そのほうが有利だと考えているからだろう。

大手音楽CD会社も、インタネット音楽配信が始まったころは、ともかくNapsterでの不正コピーの広がりで、インターネット音楽配信に対して、かなりアレルギー反応を起こしていたので、DRMで厳しく不正コピーから自分たちを守ろうという意識であった。しかし、今はある程度状況が見えてきたし、インターネットによる音楽配信が今後の方向であることは、肌で感じていることだろう。そのような状況で、これから、このJobs氏の発言に対し、大手音楽CD会社がどのような対応をしていくか、大いに注目される。我々消費者がDRMなしの世界を期待していることは、言うまでもない。

(2/01/2007)


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