イノベーションへの回帰

シリコンバレーでは、最近イノベーションという言葉をよく聞く。そもそもシリコンバレーは、歴史的にみても、新しい技術のイノベーションが次々に起こり、そこにベンチャーキャピタルのお金などが入り、大きく発展してきた。

ベンチャーキャピタル会社が、たくさんのアントレプレナーから出てくるビジネスプランを吟味し、そのほんの一部に対してベンチャー資金を提供するという仕組みになっていた。ビジネスプランの吟味はあらゆる角度からされるが、その中のひとつとして、世の中にまだ広まっていない革新的な技術(Innovative Technology)を持っているか、というものが、大きな要素として存在した。

ところが、インターネット関連のベンチャー企業が大量に生まれた3−5年前は、この発想がどこかに行ってしまっていた。インターネットを使ったビジネスであれば何でもビジネスが成り立つかのような発想で、何の目新しい技術も持っていないベンチャー企業に次々とベンチャー資金が投入されていった。

このように資金が革新的な技術を持たないベンチャー企業に多く流れたのには、理由がある。それは、市場がインターネット関連ベンチャー企業ならなんでもいいというような受け止め方をし、それらの企業がまだ大幅に赤字を出していても、簡単に株式上場することを容認し、さらにその株価を上昇させたためである。ベンチャーキャピタル会社は、ともかく集めた資金をベンチャー企業に投資し、その会社を株式上場させて利益を上げればいいわけであるから、本来の革新的な技術を持った会社を選んで投資し、その会社を育てるという従来のビジネスモデルを変更し、ともかく目先の利益追及に走ったわけである。

歴史のあるベンチャーキャピタル会社は、この状況を異常と知りつつも、この状況が続く限りは、それで利益を得ようと考えたのであろう。これに、新興のにわかベンチャーキャピタル会社が、さらに無責任な投資のしかたをしたために、その傾向が助長された。ひどい場合には、ベンチャー企業がいいビジネスプランを持っていなくても、投資先を求めているベンチャーキャピタル会社が、適当に都合のいいビジネスプランを作ってくれるという、全く本来とは逆の異常事態が発生していた。

ところが、数年前にこのようなバブル状態は崩壊し、安易に投資された企業は、いつまでたっても利益が出せないばかりか、追加投資が入らなくなったため、市場からの退場を余儀なくされたわけである。このような状況から、ベンチャーキャピタル会社も、投資に対する見方を再び以前のように厳しくしはじめた。一時的には、厳し過ぎるくらいに厳しくしたと言える。

そして最近、ベンチャーキャピタル会社を含め、シリコンバレーでイノベーションという言葉が多く聞かれる状態に、再び戻ってきたというわけである。やはりシリコンバレーの源は、技術的なイノベーション、そしてそれを支え、成長させるベンチャーキャピタルというわけである。

ベンチャーキャピタル会社だけではなく、私の勤める会社の親会社であるSRIインターナショナルも、イノベーションの大切さを再び強調している。先日の全社ミーティングで、社長のCurt Carlsonは、そのことを強調していた。SRIインターナショナルは、昔の名前をStanford Research Instituteといい、Stanford大学の付属機関として1946年に創設された機関である。皆さんが毎日使っているコンピューターのマウスは、SRIが開発しパテントを持っていたものである(現在は既に有効期限が切れている)。また、インターネット(当時のARPANET)の初めての接続実験を行ったのも、SRIとカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)との間である。

このような技術イノベーションに注力しているSRIが、現在どんなことをやっているかを見てみることも、興味深い。例えば、情報通信分野では、以下のようなものが最新のニュースレターに紹介されている。

サイバーセキュリティに関するSRIを含む23の企業、組織との共同研究(The Institute for Information Infrastructure Protection (I3P))。言語の勉強、読み方のトレーニング等のための音声認識技術を使ったツール(EduTalk)。軍の戦闘シミュレーション・システム(Joint Training Experimentation Program (JTEP))。小、中、高校のクラスでのユビキタス・コンピューティングの影響。高校でのオンライン教育(Virtual High School)。

また、私の専門外であるが、バイオ関連では、人間のメタボリック・パスウェイの分析データベース(HumanCyc)、脳のイメージ表示のための薬の研究、肺がんおよび乳がんのための新しい薬の研究、などが含まれている。SRIの活動についての詳細は、www.sri.comをご参照いただきたい。

シリコンバレーを含め、米国でのベンチャーキャピタル投資の低下が言われ、その将来を心配する声も一部にはあるが、ベンチャーキャピタル会社は今、本当に投資するに値する企業、革新的な技術を持った企業を探し、それらの企業にはお金を入れている。ベンチャー投資が低下したのは事実であるが、それは数年前の一時的な異常な状態が終わり、以前の本来の姿に戻ってきたことに他ならない。実際、2002年第4四半期のシリコンバレー企業へのベンチャー投資額は、第3四半期より15%上昇している。

ベンチャー企業が再び革新的な技術開発に力を入れ、ベンチャーキャピタル会社もそのような企業に投資し、じっくり支援していくという本来の姿に戻れば、シリコンバレーが再び活況を呈する時も近い。

(03/01/2003)


メディア通信トップページに戻る