最近の米国のカスタマー・サービス

お客に対するサービスで日本と米国を比べると、日本はサービスがいい国、米国はサービスが悪い国、というのが一般的な感覚だろう。日本から米国に出張したり、転勤で住み移ってくると、いままで日本で当たり前と思っていたサービスが、米国では当たり前ではなく、戸惑う場合も多い。

そういう米国でも、何年か前から顧客サービスを良くし、既存顧客をリピート顧客にするほうが、新たな顧客を開拓するより、はるかに効率がよい、ということが理解され、多くの企業が、既存顧客を引き続き自社の顧客としてつなぎとめる努力を、いろいろと実施している。そのため、ITの世界でも、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)が注目され、すでにかなりの年数が経つ。

ITの話でなくても、デパートが毎晩夜9時まで開いていたり、銀行が土曜日に店舗を開けていたりするのも、もうかなり以前からである。米国でも会社のトップは、ずっと以前から顧客サービスを重視してきたと言える。

10年ちょっと前にIBMが経営危機に見舞われたとき、初めて外部から社長に招き入れられたガースナー氏は、まずIBMの大手顧客を自分で回って、顧客の意見に真剣に耳を傾け、そこからIBM再生のヒントを得た。昨年HPのトップになったハード氏も、やはりまず大手顧客を回ってHPに対する意見を聞いた。米国でも顧客第一と考えることは、最近では当たり前のことである。

顧客サービスをよりよくするため、ウェブの利用も欠かせない。しばらく前に私が買った税金申告のためのソフトウェアは、使い方が途中でわからなくなると、その場でインターネットを通じて、ヘルプデスクの担当者とチャットして質問のやりとりをすることが出来る。ソフトウェアの画面上のボタンをクリックするだけだ。ボタンのクリックで実際に電話で担当者と話せるようなシステムもある。

また、商品やサービスに対する苦情をメールで出すと、すぐにまず返事が来て、トラブル・チケット番号をくれ、それによって、しかるべき返事が来るまでフォローアップするように出来ている。このように、米国企業もトップは顧客サービスを大切に考え、そのためのシステムの構築にも投資している。

このような努力により、米国での顧客サービスも、以前よりはかなりよくなってきていると思うが、つい先日、残念ながら、やっぱり米国の顧客サービスはまだまだだなあ、と思わざるを得ないケースに逢ってしまった。私はすでに米国に移り住んでから18年以上になるので、米国の顧客サービスレベルには、もう慣れてしまっているつもりだったが、久しぶりに呆れてしまった。

これは数日前に電気洗濯機を買ったときのことである。無事配送予定日に洗濯機が配達され、担当者が設置していったが、使ってみると洗濯機の下から水が漏れ始めた。これだけでも問題だが、そのあとのカスタマー・サービスが今回はひどかった。最初はその日の夜に、夜でも担当者のいる電話番号に電話をし、事情を話したが、5日後に誰かに調整に行ってもらうことしかできないという。新しい洗濯機を買って、5日間も待たされること自体問題なのだが、翌朝カスタマー・サービスに電話すれば、電話でやりとりして直せるかもしれないというので、翌日また電話をすることにした。だが、ここからがさらにいけなかった。

まずその会社のカスタマー・サービスの電話番号に電話をかけると、コンピューターの女性の声で何をしたいか聞いてくる。最近は音声認識技術が進んで、結構こういうやりとりでも、問題ない場合が多い。ところが、音声認識技術そのものの問題ではなく、電話をかけた人とのやりとりのシステムの設計が悪く、こちらの頼みたいことがいくつかの選択肢に出てこない。あげくに、電話が途中で切れてしまった。

そこで、今度は別の配達関係の担当部署に電話すると、自分のところでは何も出来ないので、別の電話番号にかけてくれと言う。その番号に電話をかけると、1人目は電話を保留にし、しばらくして、今度は別な人が出てきて、前の人と話したのは全くご破算になっていて、また最初から説明させられる。それに同情してくれたまではいいが、また保留にされ、あげくに、また電話が切れてしまった。

もう一度かけると、今度は電話で洗濯機が直せるかどうかやりとりできる人に電話を転送するという。そして、電話は転送されたが、結果は洗濯機の下から水が漏れている場合は、電話では対応できないのだという。それなら最初からそう言ってくれれば、こちらは何十分も無駄にしないで済んだものをと、腹が立つのを通り越して、ほとほと呆れてしまった。

あまりの対応の悪さに、その会社のウェブ上のコンタクト先を見つけ、苦情のメールを出したら、翌日には対応の悪さへのお詫びと、解決するまでのトラブル・チケット番号をくれた。トラブル・チケット・システムは、この会社でも生かされているようだ。

さて、これを聞いて、日本に住んでいる方なら、当然、これはひどいサービスだと言うに違いない。米国に住んでいるアメリカ人にこの話をしても、この会社にはカスタマー・サービスが存在しないんじゃないか、と言って呆れていたので、米国でも、最近はこれほどひどいことは、あまりないようだ。たまたま運が悪かったのかもしれない。そんな風に思うのは、米国生活が長いからかもしれないが。

今回の例を見ても、トラブル・チケット・システムなど、ITを駆使して、出来る限り顧客サービスを向上させようという意思は見られる。しかし、肝心の対応する「人間」系が、いまだに残念ながらついていっていない。日本だったら、心ある担当者が、このひどい状況を聞いて何とかしようとするのではないだろうか? この点、米国では相変わらず、自分は自分の言われたことをやっているだけ、あとのことは知りません、という感覚の人たちがカスタマー・サービスを担当している。

制度の改善(24時間対応など)や、システムの向上(トラブル・チケットなど)で、米国でも顧客サービスは少しづつ改善されてきているが、肝心の人間系を改善しない限り、この国のサービスの悪さは、残念ながら本格的に向上しそうにはない。仏作って魂入れずとは、まさにこのようなことだろう。

(04/01/2006)


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