活況を呈するシリコンバレー


シリコンバレーを時々訪問する人にはめずらしくない話であるが、読者のなかには一度もシリコンバレーに来たことのない人もいるであろうから、主にそういう人達のために、今回は最近のシリコンバレーについて、その様子をお伝えしたい。

そもそもシリコンバレーとは、などという話をはじめると、話が長くなってしまうので、このあたりの話はごく簡単にしたいが、シリコンバレーは米国カリフォルニア州、サンフランシスコの南からサンホセあたりの地域に位置する。どこからどこまでをシリコンバレーというかについては、はっきりした定義があるわけではなく、また、新しい企業がどんどん周辺地域に広がっていっているので、昔に比べるとかなり広い範囲を現在はシリコンバレーと言っている。私の勤務するSRIインターナショナル(コンサルティングを実施しているのはその100%子会社のSRIコンサルティング)もシリコンバレーの中心、スタンフォード大学から車で5分程度のメンロパーク市に位置している。

もともと、この地域の発展は半導体産業から始まり、そのため半導体の材料であるシリコンという名前をとって、俗にシリコンバレーといわれているわけで、正式な地名としてシリコンバレーというものがあるわけではない。半導体産業でも、まだパソコンのプロセッサー市場を牛耳っているインテルがサンタクララ市に本拠を置いているが、今やこの地域の主力はネットスケープ等のインターネット関連やオラクル等を中心としたソフトウェア企業、また、これまたインターネットの発展で大きく伸びたシスコ等の通信関連の企業が中心といってもいいであろう。

これらの産業の発展のおかげで、シリコンバレーは今や大きなブームとなっている。しかし、私がこのシリコンバレーに移り住んで来たのは9年前(その前にも1980-1982に約2年間住んでいたこともあるが)であるが、この現在は活況を呈しているシリコンバレーも、ずっとこのように景気がよかった訳ではない。

1980年代後半から1990年代はじめにかけては、景気がよいどころか、むしろ悪かった。もともと全米のなかでも物価の高いシリコンバレー地域は、製造業にとっては賃金が高いため、コストの面で不利であった。そこで、いくつもの企業が他地域に工場を移転しはじめ、シリコンバレーの失業率は上昇し、1986年から1991年までの5年間で約6万人の雇用が失われたといわれている。

この状況をなんとか打破しようと、地元の有力ビジネスマン等で、ジョイントベンチャー・シリコンバレーという非営利団体が結成され、シリコンバレー活性化のためのプロジェクトが13生まれた。このなかには、最近日本でもよく紹介されているスマートバレーもその一つとして含まれている。

この頃のことを思い出してみると、シリコンバレーの中を車で走っていると、沢山のオフィスビルが空き家になっており、窓ごしにビルの反対側が見えていたのを記憶している。不動産価格も、大幅ではなかったとはいえ、じりじりと下がってきていた。

それが最近では、大きな様変りである。シリコンバレーの中心であるサンタクララ郡の失業率は3%近くにまで下がり、シリコンバレーは元気そのものである。経済が元気であることはよいことに決まっているが、その結果大変になることもある。例えば、優秀な人間を採用するのが最近は大変である。採用ばかりか、現在いる優秀な社員を引きとめておくことだけでも大変である。これはシリコンバレーのどの企業でも同じであるが、ストックオプション等の魅力的な条件が出しにくい日本企業は特に大変であろう。

不動産にしても大変である。シリコンバレーのオフィスビルは皆満杯で、空いているところがなかなか見つからない。また、すでにオフィスビルを借りている企業も、家賃の大幅値上げを承諾せざるを得ない状況である。個人住宅にしても、不動産価格は1990年前後の落ち込みから回復し、さらに上昇を続けている。いままで空地だったところにも、どんどん新しい家が建ってきている。それでも家が足りない。最近日本から新たに駐在員として来る人達は、家探しが大変である。住みたい場所になかなかいい貸家が見つからない。また、家賃もかなり高い。9年前に私がシリコンバレーに来て、最初にしばらく借りていたようなコンドミニアムでも、今や家賃が50%以上、場合によっては2倍近くになっているようである。

駐在しないまでも、シリコンバレーを訪れ、ホテルに泊まる出張者の数もかなり増えているようである。つい先日シリコンバレーを訪れた友人によると、1年ちょっと前に$99で泊まれたホテルが今や$160になっていると驚いていた。彼はシリコンバレーは今やバブル状態ではないかというような感想を述べていた。

確かに、家賃やホテル代の急上昇はバブルといわれてもしかたがない状況かもしれない。しかし、今のシリコンバレーの状況は勿論バブルのはじける前の日本の状況とは大きく異なる。そもそも日本のバブル経済は実儒にもとずいたものではなく、投機(speculation)によるものであったからである。不動産を考えても、普通のサラリーマンでは到底買うのは不可能な価格で土地が取引されていたわけだが、その多くは投機のために不動産会社がやっていたものだったわけである。

これに対し、現在のシリコンバレーの家賃等の価格上昇はまさしく実儒によるものである。そして、産業的にもソフトウェアや通信製品等、シリコンバレーをささえる情報通信産業はこれからも更に発展することは間違いなく、日本のように大きく膨らんでパッとはじけるようなバブルではないことは確かである。バブルという言葉を使った私の友人も、勿論この大きな違いは承知しているわけである。シリコンバレーの活況はまだまだ続いていく。

(04/01/97)


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