Microsoftの第一線から退いたBill Gates

6月27日、1975年の創業以来、Microsoftを率いてきたBill GatesがMicrosoftの日々のオペレーションから退いた。正式には完全に引退するわけではなく、今後もMicrosoftのChairmanとして残るが、ほとんどの時間を慈善事業のために費やすことになる。

Bill GatesとMicrosoftについては、これまで多くのことが言われてきた。特にMicrosoftが大成功してからは、金儲け第一主義的な見方がされ、Microsoft嫌いの人も多い。確かにそのビジネスのやり方は、強引なところも多い。例えば、ウェブ・ブラウザーで先行していた、当時のNetscapeを追いかけ、追い越すために、自社のブラウザー、Internet Explorerを無料でWindowsと一緒に出荷してしまうなど、Microsoftの強さ、大きさを利用して強引に市場シェアを取りに行く姿は、多くの人の目に「不快な巨人」的なイメージを植えつけた。

このように、大きくなり、成功してからのMicrosoftには、批判されるべき点も多いが、Microsoftが存在したお陰で、今日のようにビジネスでも個人でもパソコンを使えるようになったことは、異論のないところだろう。もちろんMicrosoftが存在しなければ、別な会社が別な形でMicrosoftの代わりをやっていたとも言えるが、パソコンがここまで世の中に普及したのは、Microsoftのソフトウェアがパソコンの世界のある意味での標準になったからだ。

そして、Microsoftが成功するには、Bill Gatesのビジネスセンスが大いにものを言っている。まず大きな点は、IBM PC用のソフトウェア、MS-DOSを開発したとき(実質的には、他社のソフトウェアを購入して手直ししたものだが)、ソフトウェアをハードウェアと切り離して売り、また、IBM以外のパソコンにも搭載できるように、IBMと契約したことだ。そのお陰で、多くの会社がパソコンのハードウェアを製造販売し、価格引下げに大きく貢献した。

これは1980年のことだが、当時私はIBMで働いていたが、世の中は大型コンピューターの時代であり、ソフトウェアはハードウェアの付属品的な位置づけで、ソフトウェアそのものに対して対価を支払ってもらう、ということも、まだ始まったばかりだったと記憶している。そんなときに、コンピューター業界を事実上支配していたIBMに対して、このような条件を受け入れさせたことは、Microsoftのその後のビジネスにとって、決定的に大きな意味がある。これが、単にソフトウェア開発費をIBMからもらい、ソフトウェアの権利がIBMに移っていたら、今のMicrosoftは存在しない。

逆に言うと、IBMは、ここで致命的な間違いを起こしたとも言える。おそらく当時のIBMでは、まだまだソフトウェアの重要性に対する認識が甘く、またパソコン市場の将来についても、大型コンピューター市場を脅かすような存在になることなど、想像もできなかったのだろう。実は、私自身、たまたまその頃に留学して米国におり、学生達がIBM PCについてどうのこうのと言っていることに対し、あまりピンと来なかったのを覚えている。

Microsoftはその後、MS-DOS、そしてWindowsという、パソコンの基幹ソフトウェア(OS)を持ったことを利用し、次にパソコンでよく使われるアプリケーション・ソフトウェアであるWord、Excel、PowerPoint等をMicrosoft Officeとしてバンドルして販売し、競合他社につけ入る隙を与えなかった。人々はこれらのソフトウェアを使って作った文書等をやりとりする必要があり、お互いに同じソフトウェアを使っていないと、それがスムーズに行えないことから、皆、Microsoftのソフトウェアを使用する、という大きな流れとなった。これは、ソフトウェアの世界では、「標準」(デファクトを含む)を握ることがいかに大きな意味を持つかを、よく表している。

このように、これまでのパソコンの世界では、成功しすぎたために生じた独禁法違反訴訟を除くと、ほとんどすべてうまくいっていたといえるMicrosoftだが、インターネットの出現で、その状況が大きく変わりはじめた。さすがのBill Gatesも、インターネットに初めて出会った1993年ころは、「インターネットには興味がない」と発言し、インターネットの重要性を認識できなかったようだが、1995年には、インターネットが重要であると認識し、全社員に対し、インターネットに本格的に取り組むようメールを出している。

しかし、ブラウザーではInternet ExporerでNetscapeに追いつき、追い越したものの、インターネットのポータルサイトMSNはYahooより人気が低く、サーチ広告の分野でもGoogleに大きく遅れをとっている。そのため、この春のYahoo買収騒ぎとなり、今でもまだこの話はくすぶり続けている。

このような状況の中、Bill Gatesは実質的に引退するわけだが、Microsoftの将来は、これまでのように安閑とはしていられない状況だ。これまでパソコンで実行していたアプリケーションを、ネットワーク上で実行するSaaS (Software as a Service) の動きは、パソコン上で動くOSがWindowsでなくてもよく、Microsoft Officeなども、不要にしかねない。また、いまや人々はパソコンだけでなく、携帯電話やスマートフォンなど、多彩な機器を使っており、これら小型携帯端末におけるMicrosoftの市場シェアは、10%程度と低く、90%以上を誇るパソコンのOSとは大きな違いがある。さらに、オープンソース・ソフトウェア、Googleによる広告モデルによるソフトウェア無料化の動きも見逃せない。

Microsoftがこの新しい世界でどれだけ強みを発揮していくか、それとも新しいビジネスモデルについていけない、過去の恐竜になってしまうか、これからの数年が正念場と言える。ただ、一つ言えることは、例えばWordやExcelで作成した文書等はすでに数え切れないほど存在しており、もしMicrosoft以外のソフトウェアを使うとすると、これらの文書を引き続き使えるような互換性をもったものでないと、Microsoftのソフトウェアを投げ出して、別なものにすることは難しい。この強みだけは、当分の間、続くだろう。

さて、最後に忘れてならないのはBill Gatesの今後だ。彼は週40時間を慈善活動に費やすと述べている。Bill GatesがこれまでにMicrosoftで稼いだお金は厖大な額だが、それをこれから社会貢献に使おうというわけだ。彼と妻のMelindaが2000年に設立したBill & Melinda Gates Foundationは、現在すでに約400億ドル(約4兆円)近くある。さらに親しい富豪のWarren Buffetから現金および株式を寄付される予定なので、Bill Gatesが今後追加寄付するお金を加えると、1000億ドル(約10兆円)を越えるだろうと言われる。

すでにこのFoundationのお金はAIDS、マラリア、結核、また、米国の公立高校対策などに使われており、その額は150億ドル(約1.5兆円)を越えている。そして、2人とも単にお金を出すだけでなく、世の中をよくするために、必ずインパクトがあるように、具体的な案件について詳細にかかわり、世界各地に飛んで行っている。このFoundationにBill Gatesが熱心になっているのは、Melindaさんの影響が大きいという話だが、それにしても、お金を稼ぐだけでなく、それを世の中に返す努力を怠らない点は、すばらしい。

Microsoftはお金儲け重視で、世界を支配する戦略をとり、その長たるBill Gatesもそのようなイメージで、彼のことがあまり好きではない人も多いが、彼がやっているFoundationの仕事や、これまでのパソコン業界への貢献にも目を向け、彼に対する正当な評価も忘れないようにしたい。

(07/01/2008)


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