インターネットと政府の関与


インターネットという草の根的なルーツをもつネットワークに、政府として関与すべきかどうかについては以前から色々と議論があるが、ここへきて米国での動きが活発である。まず挙げられるのは昨年はじめに成立した通信品位法(Communication Decency Act)である。次は米国政府によるデータ暗号化に関する輸出規制とキーエスクロウ(後述)の問題。そして、この7/1にクリントン政権が発表したインターネット上のエレクトロニック・コマースに関する関税等への見解である。

インターネットは誰でも簡単に情報を世界に発信することが出来るのが、その大きな魅力のひとつである。しかし、これは裏をかえせば、他人が見たくないもの、あるいは子供達などに見せたくない情報も含まれることになる。そこで、品位ある(decentな)ものしかインターネットで情報発信してはいけないという通信品位法が1996年2月に米国の国会を通過し、発布された。その時からすでに市民団体はインターネットへの政府の介入に反対していたが、この法案が通過したあとの1996年6月に起こされた裁判では、逆にこの法律が言論の自由をうたった米国の憲法に違反するという判決が下り、実質的に効力のない法律となったまま、その後の裁判の行方が注目されていた。

そして先月末、米国連邦最高裁判所の判決がおり、7 対 2 でこの通信品位法はやはり言論の自由をうたった米国の憲法に違反するという判決が下り、この法律は消滅した。判決の理由としては、“品位がない(indecent)”ということの定義が曖昧で、解釈の仕方によっては、医学的見地からの議論や科学的な議論、また芸術についてもこの法に触れるという解釈が成り立つことなどが挙げられている。

法律的にはとりあえず決着がついた形だが、これで勿論問題が解決したわけではない。インターネット上には子供が見るべきでないポルノなどが氾濫しているのも事実である。この判決を受けてクリントン政権は産業界に対し、自主的にポルノ等を規制する方策を検討するよう要請した。既にこのようなポルノを提供しているホームページが許可なく見れないようにするためのソフトウェアも市販されているし、ポルノを提供しているホームページも自主的に、このようなソフトウェアでそれを見ていいといっているところからの検索のみを許可するとか、また、クレジット・カード情報を要求してクレジット・カードを持たない未成年を実質的に排除しようとしているところもある。

このような方法で米国内だけなら産業界で合意し、自主規制することも可能かもしれない。ただし、インターネットは国境のないネットワークである。米国内だけでこのような自主規制をしても海外にあるホームページはどうするかという問題が残る。すべてのインターネット・アクセス・プロバイダーが海外からのゲートウェーでこのようなポルノ情報をスクリーニングする事も技術的には不可能ではないが、大変な作業である。本当にそこまで出来るか、疑問が残る。

つまり、本気で自主規制しようと思ったら世界各国が歩調を合わせ、協力しながらこのようなことを進めなくてはならない。ところがポルノひとつとってみても、その考え方は各国皆ばらばらである。この問題はこの先まだまだ議論が必要であり、米国における通信品位法が消滅したのは、この問題の終わりではなく、むしろ始まりといえる。

もうひとつ、米国政府が深く関与しているものに、データの暗号化がある。これは必ずしもインターネットだけの問題ではないが、米国の国防上の理由から、いざという時に米国政府が解読できないような高度な暗号化方式を海外に輸出できないようにしている。米国では、外国の政府やテロリスト、犯罪組織等の通信を、米国政府が国防上必要と判断した場合には、それを盗聴し、解読する必要があると考えている。したがって、解読不可能な暗号化されたデータが通信されていたのでは、それが出来ず、国防上大きな危険があると考えているわけである。そのため、このような暗号化技術、製品に対する輸出規制が敷かれている。

米国はまた、セキュリティ強度の高い暗号化方式を使用する場合には、政府承認のある機関がそのキーを保管し(キーエスクロウ)、国家の安全にかかわる問題の場合にはそのキーを使って、例えばテロリスト達の通信を傍受出来るようにしようと、米国内、さらには世界に働きかけている。ただし、これには民間団体が反発しており、民間側から何らかの技術的な提案をして、政府に承認してもらおうとの動きもあり、現在のところ賛否両論で、まだそのゆくえははっきりしない。

そして3番目はエレクトロニック・コマースに関するこの7月1日のクリントン政権による見解の発表である。このなかで、クリントン大統領はエレクトロニック・コマースに対する政府の介入をなくし、最大限自由にしようという趣旨で、現在ある法律でエレクトロニック・コマースに何らかの障害のある法律については2000年までにそれを変更するよう命じている。

さらに、海外との取引についてもインターネットによるエレクトロニック・コマースには関税を一切かけないこととし、この方式を全世界に広めようとしている。これは消費者にとっても企業にとっても歓迎すべきことであり、業界もそのような反応を示している。しかし、これは関税をかけようとする各国政府にとっては必ずしも歓迎すべきものとは限らず、米国主導のこの方式に反発することも十分予想される。実際、米国通商担当者もこの問題で各国の同意をとりつけるのは大変なことであると述べている。

これはまだ発表されたばかりのことでもあり、これからどのように進展していくかは今後を見ないと何ともいえないが、米国政府としては極力インターネットに関連したものについては、政府による規制という方法から離れ、出来るだけ自由にさせ、産業界による自主規制にゆだねようという意思が明確になってきた。そしてそれが自由主義、自由貿易のリーダーである米国にとって、最も有利な形であると考えている。唯一の例外は、暗号化の問題である。

インターネットを全く自由なままに使わせることによって、ポルノや、片寄った思想を広めるための情報発信が行われるのは確かに色々と問題があるが、私個人としては、やはり政府が介入して情報発信を抑えるということには賛成しがたいものがある。むしろ、逆に、言論の自由のない国や、情報の流通を制限することによって国民をあやつろうとするような政府が存在できなくなるというメリットのほうが、ずっと大きいのではないだろうか。

色々と規制の多い日本であるが、せめてインターネットは出来る限り規制のない自由な使い方が今後も出来るようにしてもらいたいものであるし、また、インターネットが突破口となってどんどん既存の規制が崩れていくことを期待したい。

(07/01/97)


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