定着したオープンソース・ソフトウェア

オープンソース・ソフトウェア(OSS)についてこのコラムで書くのは、2年ぶりである(OSSをよく知らない方は、2003年8月のコラム記事を先にご覧いただければ幸いである)。 2年前に書いたときは、ちょうどIBMがLinuxサポートを本格化し、Linuxを皆が安心して使えるようになってきた頃である。さて、そのOSSは、その後どのような状況であろうか?

一言で言うと、「OSSは、爆発的な広がりを見せるまでには至っていないが、着実に伸びてきている」というところが私の感想である。Linuxについていえば、サーバーの分野で、着実にその利用が広がってきている。IBMメインフレーム(最近は、IBMではメインフレームをzサーバーと呼んでいる)でも、プロプラエタリ―なオペレーティング・システム(OS)からLinuxへの移行が進んでいる模様である。IBM自身も、自社のプロプラエタリ―なOSよりも、Lunixを勧めているところが見られる。

2年前には、Unixの権利を持つSCO社が、IBMがLinuxの一部に自社のUnixコードを使ったと言って訴訟を起し、Linuxユーザー数社に対しても、費用請求を試み、一部のユーザーではLinuxのライセンスに対する不安が広がった。 しかし、結局SCOは明確な根拠を提示できず、この裁判は立ち消え同然となっている。実際は、まだこの裁判は続いているが、膨大な資料のため、結論が出るのは2007年2月の予定であり、しかも、SCOは、これら一連の裁判を起こしたことにより、業界から総スカンをくらい、弁護士費用も膨大になっているため、弁護士費用の限度額を設け、これからは裁判ではなく、製品の開発に力を入れると明言しており、裁判での勝利は半ばあきらめた模様である。ユーザーに対する訴訟も、その後、行っていない。 したがって、SCOからの訴訟によって、Linuxが使えなくなる(または使うために高額の費用をSCOに支払う)という可能性は、ほぼなくなった。そういう意味で、Linuxは安心して使えるようになったと言える。

数字的に見ても、Linuxは世界で300万以上の実際に稼動しているサーバーで使われており、スーパーコンピューターの60%はLinuxを使っているといわれている。 さらに雑誌FortuneのGlobal2000に入る企業の95%はOSSを使っているという報告もある。IBMに加え、以前はLANソフトウェアの大手であったNovell社がOSSを会社の戦略の中心におき、積極的に動いているのも目につく。さらに、ERPソフトウェア大手のSAPも、Linux上でのSAPを本格的に推進している。

Linux以外でも、ウェブ・サーバーのApache、アプリケーション・サーバーのJboss、データベースのMySQLなども、広がりを見せている。ちなみに、日本ではデータベースではPostgresもよく聞くが、米国では、もっぱらMySQLである。OSSに対し、有料でサポートを提供するメーカーも、OSS市場拡大のため、複数のOSSやハードウェアの組み合わせで事前に互換性テストを行い、これらをまとめて使っても問題ないことを保証するなど、OSS拡大のために、いろいろなサポートを提供している。また、このような複数のOSSを組み合わせて使うユーザーに対するサポートサービスを事業とするベンチャー企業なども立ち上がってきている。OSS関連ベンチャー企業に投資するベンチャー・キャピタルも多く、ダウジョーンズ社によると、2004年で合計2億9000万ドルがOSS関連ベンチャーに投資された。そして最近は、このような基本ソフトウェアだけでなく、業務アプリケーションにもOSSの波が押し寄せてきている。

まだまだ本格的に広がるところまでは来ていないが、業務アプリケーション・レベルのソフトウェアとして、Business Intelligence(例、BIRT)、Business Process Management(例、Agila)、Contents Management(例、OpenCms)、CRM(例、SugarCRM)、Directory Services(例、OpenLDAP)、ERP(例、webERP)、Identity Management(例、CAS)、Point Of Sale(例、PHP Point Of Sale)、Portal(例、eXo)、VoIP(例、Asterisk)など、幅広い分野でOSSが使用可能になっており、実際、使われ始めている。

業務アプリケーション・レベルでOSSを使用するのは、リスクがあるように思われるかもしれない。実際、Linuxのように、多くの会社がサポートサービスを提供しているものと異なり、サポートサービスが得られにくいという問題もあり、ユーザーとしては、簡単に踏み切れないということが考えられる。

しかし、これも物は考えようである。業務アプリケーションといえば、通常、自社で独自にソフトウェアを開発するか、市販の業務アプリケーション・パッケージを購入することになる。市販のパッケージを買ってきた場合は、それを自社向けにカスタマイズしたり、場合によっては自社の業務自身を業務アプリケーション・ソフトウェアに合わせる必要がある。実際、そのために、ERPソフトウェア・パッケージなどを高額の費用を支払って導入しても、失敗に終わるケースが少なくない。一方、自社で一から開発すると、自社向けのシステムは構築できるが、そのコストは高くつくし、その後のソフトウェア保守にも、かなりのお金がかかる。

このことを考えると、出来上がっているOSSの業務アプリケーション・ソフトウェアを利用し、自社に都合のいいように必要な変更を加える、というのも、一つの方策として考えられる。OSSは、ソフトウェアのソースコードが開放されているので、市販のパッケージ・ソフトウェアを使う場合より、はるかにソフトウェア修正の自由度が高いといえる。つまり、パッケージ・ソフトウェアを購入する場合と、自社開発する場合のいいとこ取りをすることになる。実際に業務アプリケーションにOSSを使用する場合は、その完成度、サポートがどこから得られるか、ソースコードのわかり易さ(修正のしやすさ)等を事前に確認しておくことが、プロジェクト成功の鍵になる。

このようにどんどん広がり、定着してきたOSSであるが、不安がないわけではない。例えば、Linuxなどは、いろいろな会社が提供しているので、根本は同じLinuxであるが、各社で提供しているものに多少の差が生じ、A社の提供するLinuxでは動いても、B社のものでは動かない、という互換性の問題が発生しないとも限らない。現在のところ大きな問題とはなっていないようだが、今後は注意を要するところである。

また、以前から言われている、デスクトップでのMicrosoftのWindowsに代わるLinuxの利用は、まだまだ大きな広がりを見せていない。2年前に、デスクトップでは、一部特殊なアプリケーション、例えば小売店のPOS(Point of Sales)端末やアニメーション作成用のパソコンなどにLinux利用が見られるが、一般のオフィス・パソコンでのLinux利用はほとんど見られない、と書いたが、2年経っても、この状況は大きく変わっていない。今後のデスクトップ・パソコンへのLinuxの広がりは、やはり、現在のWindows上で動くMicrosoft Officeによほど互換性の高いソフトウェアが現れない限り、簡単にはユーザーはLinuxに移行しないだろう。

SCOの訴訟の心配はほぼなくなったが、今後同じような問題が起こらないとは言い切れず、OSSに脅威を感じているMicrosoft(社内では、OSSのことをCancer(癌)と言っているようである)も、何らかの法的対抗手段に訴える可能性もないわけではない。このあたりは、常に注意して見ている必要がある。ただ、これだけ広がってきたOSSであるから、Microsoftといえども、それを使えなくするようなことはないだろうし、最悪の場合でも、何らかの形でOSSに追加の費用がかかる、という程度だろうと考えられる。そういう意味でも、OSSは定着した、と言っていいだろう。

(08/01/2005)


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