Googleの新しいブラウザー

9月2日、Googleが新しいウェブ・ブラウザーChromeを発表し、そのベータ版がウェブからダウンロード可能となった。さっそくダウンロードして使って見た方も多いことだろう。まだベータ版のため、いろいろと問題もあるが、それでもMicrosoftのInternet Explorer(IE)やMozilla Firefoxに比べ、使い勝手をよくしたユーザーインターフェースへの工夫や、セキュリティの強化など、いくつかの面白い機能が付け加わっている。

Googleがここに来て、新しいブラウザーを発表したのは、単により優れたブラウザーを提供しようということでは、もちろんない。Googleは、これまで、サーチエンジンとして成功し、サーチ連携の広告収入で大きな利益を上げている。しかし、今後もこれだけにこだわっていては、これまでのような成長は望めない。実際、そのような懸念も含め、現在の株価は約$430と、2007年11月のピーク時価格約$747から40%以上も下がっている。

Googleは今後の成長戦略として、少なくとも2つの分野を視野に入れている。一つはビデオ関連であり、そのため、2006年10月にYouTubeを約16.5億ドルで買収したが、いまだ十分な収益を上げるビジネスモデルを構築できていない。もう一つは、Microsoftに代わって、アプリケーションのプラットフォームになる、という大きな野望だ。携帯電話の世界では、そのために、独自のOSを含むモバイル・アプリケーション・プラットフォームとしてAndroidを2007年11月に発表し、出荷し始めているが、今のところまだいい評判は聞こえてきていない。

アプリケーション・プラットフォームとしては、携帯電話以外に、ウェブ上でアプリケーションを使うという大きな動き(SaaS=Software as a Service、インターネット上のコンピューター資源等を使用するものを含め、最近ではcloud computingという言葉もよく使われている)がある。このための入り口は、ウェブ・ブラウザーである。したがって、ここに礎を作るため、Googleは今回、独自のブラウザーとしてChromeを発表した。

このウェブ上でアプリケーションを使う動き、そして、そのための今回のブラウザーの発表は、Microsoftのこれまでのパソコン業界での圧倒的な優位さを切り崩そうというものだ。ブラウザーの世界では、Microsoft IE以外に、Mozilla Firefoxがオープンソースとして提供されており、単にウェブ上でアプリケーションを使う動きを加速するだけならば、GoogleはFirefoxの強化を手伝うだけでもよかった。実際、これまでGoogleはFirefoxの強化に協力していた模様だ。

しかし、ここに来て、Googleが独自のブラウザーを発表したことは、大きな意味がある。それは、Googleが、Microsoft独占のパソコンの世界を崩す、ということだけでなく、ウェブ上でアプリケーションを動かすこれからの世界で、現在のパソコンにおけるMicrosoftのような独占的な地位を占めようと狙っているのではないか、ということだ。

Chromeの新しい機能はいろいろとあるが、その中に、タブ機能の強化がある。他のブラウザーにもタブ機能はあるが、大きな違いは、Chromeでは、複数のタブを開くと、それぞれが独立したプロセスとして実行し、一つのプロセスがなんらかの理由で問題を起こしても、そのプロセスだけが死に、ブラウザーそのものは死なずに他のプロセスを実行し続けることだ。これはウェブ上でいくつかのアプリケーションを実行する場合、とても重要な機能であり、これによって、ウェブ上でアプリケーションを動かすことの魅力を向上させている。実際、Googleがコミックを使ってChromeの説明しているもの(www.google.com/googlebooks/chrome/index.html)を読むと、これはまさしくブラウザーがオペレーティングシステム(OS)の機能に近づいているように感じる。

また、Chromeではウェブ上のアプリケーションでも、Windows上の通常のアプリケーションと同じようにショートカットをデスクトップに作ることができ、そのようにしておくと、わざわざブラウザーを起動しなくても、ショートカットから直接そのアプリケーションを開始することができるようになっている。ウェブ上のアプリケーションを、あたかもパソコン上のアプリケーションのように動かすことを目指しているのがよくわかる。

実際、Googleも発表時のコメントとして、Chromeは単なるブラウザーではなく、ウェブページやアプリケーションに対応した「プラットフォーム」と明言している。 Chromeはcloud computingのOSか、という質問に対しては、そうではないと言っているが、パソコン上に、最近広がり始めているVirtualization技術を使ったHypervisorを稼動させれば、今後その上に、Windowsなしで直接Chromeが動くことになるかもしれない。

ウェブ上のアプリケーションは、一般にはどのブラウザーでも動くようになっているが、それでも、特別な機能を使うためには、特定のブラウザーでしか動かない、というものもある。もしGoogleがこれから、ウェブ上のアプリケーションを次々と構築し、そのうちのいくつかの機能がChromeでしか動かなくなったらどうか。現在、パソコン上でMicrosoftとその上で動くアプリケーションとの関係と全く同じことが、今後起こってくる可能性がある。Microsoftは独自のブラウザーIEを持っているので、自分達も独自の世界を作ることは可能だ。ただし、Microsoftの場合は、現在のWindowsベースの環境から、ウェブ上でアプリケーションを動かす世界には移行したくない、という意志も働くので、その動きは鈍い可能性が十分ある。その点、Googleは失うものがないので、積極的にChromeを使って、ウェブ上でアプリケーションを動かす世の中への移行を推進していくことだろう。

しかしながら、ユーザーにとっては、MicrosoftとGoogleの2陣営に分かれるということは、決していい状況ではない。現在Microsoftが独占的な地位を占めるパソコン市場に比べれば、競争があっていいともいえるが、「こっちでは使えるが、あっちでは使えない」という、いわゆるVHS対ベータ、ブルーレイ対HD-DVDのようなことになっては、決してうれしい状況ではない。Googleも、ソフトウェアをオープンソース化して、プロプラエタリーでないことを標榜はしているが、Chromeを使った場合、ユーザーがどこのサイトに行ったか、どのアプリケーションを使ったかをすべて記録して、将来のターゲット広告に使う、という話もあり、ユーザーにとっては、個人のウェブ上での動きをGoogleに把握されてしまうGoogle中心の世界も、必ずしも歓迎できるものではない。

Googleは今、最も注目をあびているIT企業と言っても過言ではないが、実は成功しているのは、まだサーチエンジンとそれによる3行広告ビジネスだけと言ってもいい。インターネット広告にしても、本丸はこれまでテレビを中心に使われてきた厖大な広告費がインターネットに流れ込んできたとき、それを誰が取るかであり、その勝負はまだまだこれからだ。Googleが本当の意味で、歴史に残るような企業になるかどうかは、サーチエンジンでの成功で蓄えた厖大な資金と人材で、これからの新しい世界で、これまでのMicrosoftのような中心的な存在になれるかどうかにかかっている。今回のGoogleの独自ブラウザーChromeの発表は、Googleの将来、また、今後この業界がどのように変化していくかに、大きくかかわっている重要な発表である。

(09/01/2008)


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