本格化するターゲット広告とユーザーのトラッキング

インターネットでのオンライン広告に大きな変化が起こり始めている。これまで、オンライン広告は、人気のウェブサイトにディスプレイ広告を出すところから始まり、広告費の取り方も、ウェブサイトの場所代でいくら、というものから、どれだけの人がその広告を見たか、そして、何回クリックされたかに変化してきた。一方、このようなディスプレイ広告よりも広告効果が高いと、Googleのようなサーチエンジンでのサーチ結果に合わせた広告を出すものが広がり、今はこのサーチ広告がオンライン広告の半分近くを占めている。

ただ、サーチ広告は相変わらず伸びているものの、その伸び率は鈍化しており、サーチ広告が収入源のかなりの部分であるGoogleの最盛期は、もはや過ぎたのではないか、という話も出てきている。サーチ広告は、サーチしたものに関連した広告を出すので、興味がある人が見ていることになり、ターゲット広告の有力なものの一つだ。英語で言うと、ターゲット広告の中のcontextual targetingという分類になる。広告主にとって、誰が見ているかわからないような広告を出すのに比べると、遥かに広告効果が高いので、人気を博してきた。

しかし、ここにきて、広告主は、contextual targetingよりももっと有効な、behavioral targetingに注目している。これは、ユーザーの年令、性別、年収、住んでいる地域、さらにはその人の好みをもとに適切な広告を出す、というものだ。サーチ広告は、そのときのサーチに合わせた広告を出すものだが、このようなbehavioral targetingには、ユーザーに関するデータを蓄積する必要がある。そのためには、ユーザーのトラッキングが必要となる。

ユーザーのトラッキングは、ずっと以前から、クッキー(ウェブサイトにアクセスしたときに、アクセスしたパソコンに組み込まれる小さなファイル)である程度行われていたが、当初は、ウェブサイトにアクセスした人に対し、簡単なパーソナライズしたサービスを提供するために行われていた。たとえば、Amazon.comに行くと、そこに行っただけで、自分の名前がわかっており、これまでに買った本等をもとに、こんな本はいかがですか、というような本の推薦を受ける。これは、クッキーがあるために可能になっているものだ。

クッキーのようなトラッキング・ツールは、ユーザーにアクセスされるサイトが用意したものが始まりだったが、最近はそれが変化し、サードパーティによるトラッキング・ツールがたくさん出てきている。サードパーティのものなので、同じツールがたくさんの異なるウェブサイトに入っている。そして、同じ人がそれらのサイトにアクセスすると、それらのデータを合わせて、そのユーザーに関する情報がまとめられる。つまり、あるユーザーがAmazon.comでこれこれの本を買い、Yahoo.comに行って、このようなニュースを見た、というようなことが関連付けられる。これらがたくさんのウェブサイトについての情報となると、このユーザーの好みなどが、かなり詳しくわかってくる。

また、トラッキング・ツールそのものも、これまでの簡単なクッキーだけでなく、beaconと言われる高度なものも出現している。これを使うと、ユーザーがどこのウェブサイトをアクセスしたかということだけでなく、そのウェブサイトでのマウスの動き、キーインした内容までわかるものもある。こうなると、このユーザーについて、相当詳細な情報が得られることになる。そして、これらサードパーティ・トラッキング・ツール会社は、その情報を広告主に高く売ったり、場合によっては、インターネット上のデータの取引所のようなところで売買している。

では、これらの集められた情報は、どのように使われるかというと、そのユーザーの年収や年令、性別、嗜好に合わせた広告を出したり、その人に合うと思われる商品を自社の最初のウェブページで勧めることなどで、すでに行われている。たとえば独身男性と子供を持つ母親では、当然興味のある車も変わってくるから、それぞれに合わせた商品を最初のページに出すことで、商品販売の確率を上げるわけだ。

ここまでの話は、ウェブサイトにアクセスしたときのユーザーの動きのトラッキングの話だが、トラッキングが行われるのは、それだけではない。Googleは無料のメールサービスを行っており、現在は、そのテキストの中身に合わせた広告を出している。これは、サーチなどと同じくcontextual targetingの一種だが、このようなデータをため込み、その情報をもとにその人の嗜好等を分析することも可能だ。こうなると、behavioral targetingの領域に入ってくる。

GoogleやMicrosoftは、これまで、プライバシー問題などに配慮し、あまりそのようなデータの使い方をしてこなかったが、ここにも大きな変化が起こっている。Microsoftのエンジニア達は当初、最新のブラウザ(Internet Explorer 8)で、トラッキング・ツールを自動的に許可することは、プライバシー上問題があるので、ユーザーが何もしなければ、その機能はオフになるようにしておこうと計画していた。しかし、これを知ったビジネス部門の人たちから猛烈な反論を受け、この機能は、何もしなければオンになるように変更してしまった。ユーザーは自分でこれをオフにすることは出来るが、IEは始動時に自動的にこの機能をオンにしてしまうため、IEを立ち上げるたびにこの変更をしなければならない。

Googleもこれまで、”Don’t be evil”(悪者になるな)の名のもとに、これまで蓄えた多くのデータをもとにターゲット広告を行う、あるいはそのデータを他社に売るようなことは控えていたが、昨今のサーチ・ビジネスの伸びの鈍化、behavioral targetingでのFacebookなどSNSによる追い上げを受け、昨年あたりから、”Get in the game“(この分野にも参入すべき)と言いだし、方針を変更してしまった。Googleが集められる情報は、Googleのサーチで何をサーチしたか、YouTubeでどんなビデオを見たか、GoogleのGmailでどんなメールをやり取りしたかなど、厖大なものになる。Googleは、このことについて、”The BEST source of user interests found on the Internet“と自ら言っているように、インターネット上で、最強の地位にある。

このように、ターゲット広告を行うため、多くのウェブサイト、特に無料のサイトでは、たくさんのトラッキング・ツールを用意している。米国有力紙Wall Street Journal (WSJ)の調査によると、アクセスの多いトップ50のウェブサイトで調べたところ、平均してなんと64のトラッキング・ツールをユーザーはつけられてしまうことがわかった。一番多かったDictionary.comでは、234個もつけられたとのことだ。今回のWSJのレポートがなければ、まさかここまでは、というのが多くの人たちの思いではないだろうか。

こんなにたくさんのトラッキング・ツールをつけられ、われわれユーザーのウェブでの行動は、詳細にモニターされているのが現状だ。これに対し、プライバシーの観点から問題視する意見が当然出てきている。すでに米国では国会議員2人が連名で15のウェブサイトに対し、プライバシーに対する姿勢を問う質問レターを出している。

しかし、一方では、Googleにしろ、Yahooにしろ、無料でユーザーにいろいろ便利な機能を提供しており、彼らがそのようなものを無料で提供し続けるためには、広告収入が必要なことも事実だ。そしてそれは、単純なディスプレイ広告を出すだけでは、広告主から十分な広告料を取ることができない。実際、非ターゲット広告は1000 viewあたり$1.98に対し、ターゲット広告は、その2倍以上の$4.12取れるとの調査結果もある。

したがって、広告は必要だし、そのためにユーザーのデータを集められるのも仕方ないという意見もある。さらに、自分に関係のない広告を見るのは苦痛だが、自分が興味のある広告であれば、むしろ有効な情報とも受け止められ、ユーザーにとってもプラス面が大きいとも言える。

このプラス・マイナスを合わせて考えると、これは要はバランスの問題である。また、そのバランス感覚は、それぞれの人で異なるものだから、それをユーザーが自分でコントロールできることが重要だ。

現状を見ると、まだまだそのあたりが明確になっておらず、ユーザーが知らないうちに、たくさんのトラッキング・ツールでモニターされ、データを提供してしまっているのは問題だ。どこのサイトやトラッキング・ツール会社も、個人名は特定していないと主張しているが、生まれた日と住んでいるところの郵便番号、それに性別がわかれば、ほとんど個人を特定できる、という話なので、そのようなサービス提供側の話だけで済ますことは出来ない。インターネットが世の中に広まり始めてから15年ほどになるが、インターネットはまだまだ発展途上の、未成熟なものであり、これからさらに技術的にも発展し、またその使い方も、進歩していく必要があるものだということを再認識させられる。

(09/01/2010)


メディア通信トップページに戻る