サナトリウム「希望21」を訪問して 竹市宣雄


アサヒグラフ(12/18号・広河隆一報告「チェルノブイリ消えた村」)に、今年5月、ベラルーシの「希望21」を訪れた広島・武市クリニック院長の武市宣雄先生の報告が掲載されました。抜粋記事をご紹介します。

 1998年5月1日「チェルノブイリ子ども基金」の広河隆一氏とともに、ベラルーシのサナトリウム「希望21」を訪れた。ここでは子どもたちが、保養をしながら授業が受けられるように作られている。生徒はみんな顔色が良く生き生きしているのに驚いたが、聞くとこの施設には子どもの体と精神を支える専門の先生方が揃っており、食事は放射能に汚染されていないものが出され、情操教育と精神ケアーに役立つ教材や設備が、日本からも多く贈られていた。私はチェルノブイリ原発事故の被害を受けた小児の身体ケアーと精神ケアーの両面に十分な配慮がされていることに、大きな感銘を受けた。

 今回は「子ども基金」が外務省の援助を得て「希望21」に寄贈した超音波診断装置(エコー)と検診車の、運用と技術向上のアドバイスをするために、私は広河氏に同行した。

 チェルノブイリでの甲状腺ガンの診断と術後の再発の発見には、エコーによる定期的な検診が不可欠である。子どもの甲状腺ガンは普通百万人に一人という珍しいもので、広島の原爆被災者にはほとんど見られない。ところがベラルーシでは事故後3年で3倍、4年で12倍、7年で34倍になり、特に汚染の最も強かったゴメリ州では5年後に100倍に達した。ウクライナでも、被災時に子ども(0〜14歳)だった人たちに、95年になっても甲状腺ガンがなお増え続けているという報告がなされている。小児甲状腺ガンの治療は早期発見、早期治療につきる。

 ガンが取り残されたり、肺に転移したり、長く放置されて、予後の悪いタイプのガンに変化していくのを防ぐためだ。抗ガン剤は効かない。

 実はこの甲状腺で発生されるホルモンは、ヒトの成長、知能の発育、そして食べ物をエネルギーにかえる(代謝という)、ヒトの生命維持に不可欠な働きをしている。このホルモンなしでは、私たちは生きていけない。その甲状腺が放射性ヨード(‐131)で傷つけられ、また手術で切除されるなどして甲状腺ホルモンの量が減少すると、エネルギー産生が低下して、元気がでないとか疲れるとか訴え、中にはうつ病と間違われることもある。

 小児の甲状腺ガンが急速に増加した原因の一つは、食べ物の中にある自然ヨードの不足である。調べてみると被災地の子は、広島の子の約45分の1のヨードしか摂取していなかった。食べ物のヨード不足は甲状腺のヨードの不足を意味する。このような所に‐131が取り込まれて入り、甲状腺が傷害され、ガンになったのだ。この10年間、旧ソ連崩壊後の経済破綻はひどく、必要とされる安価な甲状腺ホルモン剤や、甲状腺ガンの発育を抑えるのに有効なヨード入り食塩も不足しており、入手困難だった。前述のように甲状腺ホルモンは脂肪、糖の代謝に大切で、この不足は特に高血圧症、心臓病、肝臓病を併発する。蛋白質の代謝異常からは高尿酸血症(通風)を起こす。これらを防ぐには、甲状腺ホルモンとともに、エネルギーを消費し、代謝を促すためのスポーツが必要となる。

 こういった面から「希望21」の重要性が浮かび上がる。ここでは原発事故にあった子どもが、一定期間同じ場所で勉強し、スポーツをし、遊び、食事をし、睡眠をとって暮らすことで、共通の痛みを分かち合い、話し合い、汚染されていない特別の食事で心と体のリハビリをすることができる。ここでの体験から甲状腺ガンという不幸が自分だけでなかったことを知り、将来、病気について話し合える友人を持てるなら、その意義はきわめて大きい。願わくば原爆を受けた広島からも子どもたちを派遣し、将来の核廃絶に向けての国際協力をひろげてもらえたらと思った。


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