モスクワ便り

РАДИО МОСКВА / RADIO MOSCOW


 ここロシアでは3月末の雪解けの季節、冬時間から夏時間に移行するその日に、2000年の数時間前に辞任した大統領に代わる新しい大統領が選出され、春と新しい時代を一度に迎えました。そして、今年も4月26日のチェルノブイリの記念日が過ぎました。
 毎年、この日や前後には、大半の新聞、雑誌、ニュース番組が「チェルノブイリ」を扱い、政府関係者が犠牲者の眠る墓地を訪れて追悼式典に参列し、多くの人が事故の記憶を思い出します。この14周年にあわせて副首相兼非常事態相が明らかにした公式統計では、旧ソ連全体の事故処理作業員(リクビダートル)86万人のうち少なくとも5万5千人が死亡、また、保健省の非公式発表によれば、ロシア国籍の作業員のうち3万人以上が死亡したとされており、その被害が確実に深刻化していることが明らかになっています。
 しかしながら、「現実主義」、「実利主義」をスローガンに掲げる新政権は、原子力開発に関しても、早速、これまでの政策を大きく転換する姿勢をはっきりと示し始めています。3月末の原子力エネルギー省の会議で、プーチン新大統領は、「原子力は、最も有望な無尽蔵の資源」との見方を表し、原子力推進の立場を示しました。さらに、5月初めに国家原子力監督局は、今年秋の操業開始を目指すロストフ原発の操業許可をロシア原子力公社に交付しています。ロシア南部ロストフ・ナ・ドヌーにあるこの原発は、1979年に建設が開始されたものの、チェルノブイリ事故と資金難により、90年に1号炉が95%完成した段階で、その建設が中止されていました。こうした動きに対し、地元市民団体は、決定の見直しを求める署名を集め、大統領に意見書を提出した他、住民投票の実施を求めています。しかし、現段階では、この秋の操業開始は確実の情勢で、これ以外にも建設の凍結解除の動きがいくつか見られます。
 さらにその後、政府は5月末、2050年までの原子力エネルギー発展戦略を承認し、「チェルノブイリ・シンドローム」の克服と原子力への回帰を明確に打ち出しています。また、新内閣の発足に伴う、政府機構再編で、こうした政府の姿勢に批判的であった「国家環境委員会」を解体しました。
 ここに来て政府が、こうした姿勢を示すようになった背景には、世論の変化、つまり、人々の関心が、「社会問題」から「生活」と「消費」、「安定」の重視に移り、これに乗じて原子力ロビーや実業界の攻勢が強まったこと、今年1−4月期のGDPが9%以上成長するなど、経済が好転し、国庫歳入が歳出を上回るようになり建設費や操業に対する地元への補償金の支払いが可能になったこと、さらに、電力の長期的安定供給を望む各地の実業界・行政府の意向や巨大エネルギーコンツェルンの影響力排除を狙う新政権の意向が合致したことなどが考えられます。そして、マスコミの報道でも、この新政権の政策を歓迎する声が大半で、数年前とは様変わりです。
 しかし、ロシア・旧ソ連の原発の安全性への疑問は、残されたままです。先日、12月15日までの閉鎖が最終決定されるまで、チェルノブイリ原発の完全閉鎖に難色を示していたウクライナ政府が主張していたように、「チェルノブイリ型原子炉」は、ロシアやリトアニア、アルメニアでも稼動しており、これで問題がなくなることはありませんし、29あるロシアで稼働中の原子炉のうち10は、老朽化の目立つ「第1世代」のものです。さらに、原子力監督局の調べでは、チェルノブイリ型のクールスクやスモレンスク原発を筆頭に、昨年1年間にロシアの全原発あわせて840件の逸脱・規則違反があったといいます。
 チェルノブイリ以降、80年代後半からの十数年を「悪夢」と感じ、その前の時代からやり直したいと願うロシアの人々は、今、プーチン新大統領に故アンドロポフ書記長のイメージをダブらせ、また、大統領もそのように演じようとしています。このことについて今の段階では何とも評価できませんが、しかし、再びアンドロポフ後の86年4月26日が繰り返されることのないよう、そして、被災者の存在までもが忘れ去られることのないよう願わずにはいられません。また同時に、静かに目の前で繰り広げられる「回帰」に歯がゆさを感じます。

(モスクワ・平野進一郎)


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