モスクワ便り

РАДИО МОСКВА / RADIO MOSCOW


 この冬、ロシアは、シベリア・極東地方を中心に記録的な寒波に見舞われましたが、ここモスクワを含むヨーロッパ・ロシアの寒さはそれほどではなく、下がってもせいぜい夜中にマイナス20度くらいと、むしろ暖かな冬で終わろうとしています。ひと頃は弱々しかった太陽の光も、春が近づくにつれ輝きを増しています。
 しかし、チェルノブイリ15周年、そしてソビエト連邦崩壊10周年を迎える今年、旧ソ連諸国の政治・社会情勢は、これまでに増して熱くなりそうな気配です。特に、「クチマ・ゲート事件」で大統領への退陣圧力の高まるウクライナと大統領選を控えたベラルーシの情勢が注目を集めています。
 まず、ウクライナでは、昨年秋に浮上した、大統領がジャーナリストの暗殺事件に関与したとの疑惑から、政権が一挙に不安定化し、副首相の解任、逮捕劇へと発展しています。事の直接の発端は、昨年9月に反政府系ジャーナリストのゴンガーゼ氏が行方不明となり、その後、11月に身元不明の惨殺体が発見されたことによります。その後も遺体や調書が行方不明になるなど不可解だったこの事件は、さらに11月末、ウクライナ社会党のモロス議長が、事件にはクチマ大統領が関与しており、それを示す会話の盗聴テープがあると発言したことで、元々くすぶっていた政権への不満が噴き出す形となりました。以来、独立後最大規模の反政府デモが起き、しかも、政権側の首相や副首相が公然と大統領を批判する事態に至り、これに対し、大統領側は汚職容疑からティモシェンコ副首相を解任、逮捕するという対抗策に出ています。大統領側としては、本来ユーシチェンコ首相を追い払いたいところと思われますが、支持率が高いため、迂闊に手を出すと、やぶ蛇になる公算が大と見られています。事件の背景についてはロシアやアメリカの特務機関の陰謀説など諸説ありますが、いずれにせよ、実体は権力闘争、利権争いと言えます。また、大統領の指導力が大幅に低下し、ウクライナの政局が混迷するのは間違いありません。大統領側は、ロシアと急接近し、見返りを得ることで基盤を強化しようとしていますが、これは、判断を誤ると致命傷になりかねません。
 一方、ベラルーシは、ロシア経済の安定化とは関係なく、いまだハイパーインフレが続いて経済は完全に破綻状態にありますが、「独裁体制下」にあるため、政権批判が噴出するというような事態にはなっていません。元首相を含め、様々な政治家やジャーナリスト、社会・文化活動家が亡命したり、更迭や逮捕されたり、あるいは行方不明になっています。そのベラルーシのルカシェンコ大統領は、昨年ユーゴスラビアの政権が倒れ「欧州唯一の独裁政権」となったことや大統領選を控えていることから国内の引き締めをさらに強めています。昨年暮も、反政府勢力が政府転覆を狙って(かつての支配国で影響力の大きい)リトアニアやポーランドなどから大量の武器を集めているといったキャンペーンが繰り広げられ、大統領は、陰謀を暴けと檄を飛ばしています。ベラルーシはロシアと、連合(連邦)国家条約を結んでおり、2005年からの通貨統合を決めるなど、緊密な関係、悪く言えば属国関係にあります。すでに事実上、両国の間に「国境」は存在していません。しかし、ここに来て、ロシア側は、ベラルーシとは距離を置く姿勢を見せています。今年1月にルカシェンコ大統領がモスクワを訪問した際も、ロシア側は閣僚を迎えに出さず、プーチン大統領との会談も拒否しました。「強権的」と批判されるプーチン政権としては、国際的には殆ど影響力のない「独裁者」とあえて手を結ぶことに利点はないと判断しているようです。また、ロシア国内各地の強硬派とされる首長を追いやったように、不安定要素の多い現政権を崩壊させて、コントロール可能な政権を樹立させ、事実上ロシアの一部として安定化させたいとの狙いも窺えます。当面、ベラルーシの情勢も不透明です。
 ロシアでは、原油価格の高騰を背景に経済状態が安定して、ここ30年で最大の経済成長を達成するなどしているため、政権に対する支持率は高いままで、状況が流動化することは当面ないものと思われます。しかし、このままの経済状況が続く可能性は低く、その時どのようにして、不満に対処するかで、現政権の性格が分かるでしょう。
 ソ連崩壊後10年目を迎え、旧ソ連諸国は、それぞれの道を進んでいますが、バルト3国以外は、いずれも相当困難な状況にあると言わざるを得ません。中央アジア諸国では、内戦のタジキスタンを除いてソ連崩壊後、1度も政権交代がなく完全に独裁体制化しています。10年を経て、「ソ連崩壊」は、ドラマチックな「民主革命」というよりは、かなりの部分でドサクサに紛れた「利権の収奪劇」と見る方が正しいように思われます。当時「民主派」とされた人は、多くが「金」と「権力」の前に変質し、自滅していきました。結局は、多くの人が、利権を握るのに有利だからという理由で、衣を「共産主義者」から「民主派」に替えただけに過ぎなかったということです。結果として、社会の根本的な構造は何も変わっていないように思われます。一部に成功者は出来ましたが、基本的に当時、支配した者は、やはり今でも「特権」を握り、何も持っていなかった者は、やはり今も翻弄されるままだということです。

(モスクワ・平野進一郎)

 モスクワ放送でご活躍中の平野さんの声はラジオのほか、http://www.vor.ruで聞くことも出来ます。興味のある方は是非どうぞ!


ニュース目次へ