モスクワ便り

РАДИО МОСКВА / RADIO MOSCOW


 9月を迎え、モスクワの町では、秋の色が日増しに濃くなっています。この夏は、低温ののち一転して猛暑続き と、不安定な気候でしたが、日もすっかり短くなって、季節は確実にやがて駆け足でやってくる長い冬の日々に向 け動いているようです。

 ところで、ここ数年のロシアは、概ねこの9月という月を「これからどうなるのか?」という不安と重苦しい雰 囲気の中で迎えていたのですが、今年は、どうにかその呪縛からは解放されたようです。毎年、8月になると決ま って、不穏な事件や大事故のニュースがロシアから世界に向かって流れていましたが、幸いにして今年は、特にそ のようなことはなく、秋を迎えることが出来ました。

 今年は、ソ連崩壊、そして、ウクライナなどの国々では独立10年の節目の年にあたっていますが、少なくとも ロシアでは、この10年(あるいは「ペレストロイカ」時代を含めれば15年余り)の歳月を経て、ようやく、さ さやかながらの落ち着きが取り戻されたと言えるかもしれません。もちろん、一皮剥けば社会の至る所に様々な問 題が残されていますが、それでも、レベルは低いながらも経済状況が安定し、「劇的に良くなることはないが、ま あ、何とかなるのではないか」、という微かな希望が生まれつつあるように感じます。

 一方でそうした風潮を反映してか、社会全体が、この15年ないし10年間の「改革」に対して、冷静な目を向 け始めています。つまり、改革は必要に迫られたものであり、ソ連の崩壊は必然的なものであったにせよ、それに 伴って強いられた激しい「痛み」は、果たして本当に必要なものであったのか、もっと賢明なやり方はあったので はないか、また、国民も、繁栄の時代に続いてやってきた長い「停滞」の時代を打破しようと一致して「改革」を 支持したものの、一人一人がその「改革」に託していた願い、「改革」の末に思い描いていた世界はそれぞれであ り、しかも、システムを新しくしさえすれば(あるいは外国の実績をそのまま取り入れれば)、単純に全てが良く なるという幻想に惑わされていたのではないか、ということです。

 実際、この8月は、ソ連崩壊の直接のきっかけを作ることになった「8月クーデター」から10周年を迎えてい たものの、モスクワでは、それに関係した大きな催しといったものは、事実上何もありませんでした。現政権の微 妙な立場というものも、そこには反映されていると思いますが、それでも、何もないというのは、やはり、社会の 側にもこの問題について複雑な思いがあることを物語っていると言えるでしょう。この事件についても、今、多く の人は、単なる「権力闘争」であり、利権争いに過ぎなかった、という冷めた目を向けています。簡単に説明すれ ば、「改革」によって利益を得る勢力(もしくは、権力を握り続けるには「改革」を続けざるを得ない勢力)と、 世論の改革支持に圧されて口をつぐんでいたものの、これ以上「改革」されると自分たちの利権が奪われると危惧 した勢力との、最後に訪れた争いということです。(もっとも、この争いは、そもそも全ての利権を握っていた保 守勢力の牙城であるはずのソ連共産党のトップが、「改革」に手をつけてしまったことによる必然的な「破綻」で あったとも言われています。)

 結局、ロシアで人々は、大変大きな痛手と引き換えに、「自由」は手にすることができましたが、ソ連崩壊後誕 生した国々の中には、ソ連時代よりも強権的な政治体制が築かれてしまった所もあります。あるいは、資源と広大 な国土を持つロシアのようには、経済状態が、安定していない国々もあります。結局のところ、ソ連崩壊で最も得 をしたのは、ロシアだともいわれており、それ以外の国々、特に「自由」も安定も得られていない国々では、10 年前の出来事に対する思いは、より複雑であろうと思います。

 しかし、忘れてならないのは、この社会において、10年余りにわたる混乱と変革に伴う「痛み」を最も受けた のは、結局、常に社会的に弱い立場にある人々だったという事実です。そもそも「停滞」と「混乱」によって生み 出された犠牲者が、新しい社会が築かれる中で、ある時は利用され、ある時はないがしろにされ、そして、ようや く出来た新しい社会でも、やはり、かつてと変わらない立ち場に置かれる、ということは、チェルノブイリの被災 者に対する扱いを見ても明らかです。かつてと変わらないだけならまだよく、「痛み」と「不安」の中で、さらな る苦痛を強いられていることも少なくありません。逆に、「痛み」を強いた側は、多くが新しい社会においてもや はり「上」に残っています。恐らく、今、振りかえって、人々が「改革」も結局は、利権争いの手段に過ぎなかっ たと捉える理由の一端は、こうした割り切れない事実にあるのではないで しょうか。

(モスクワ・平野進一郎)

平野さんの声はラジオのほか、http://www.vor.ruで聞くことも出来ます。ご興味のある方は是非どうぞ!


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