モスクワ便り

РАДИО МОСКВА / RADIO MOSCOW


 9月に入ってモスクワの町には、再び学校に通う子どもたちの姿が戻りました。ロシアを含め旧ソ連圏の国々では、他の欧米諸国と同じように9月が新学年の始まりです。夏休み明けの最初の登校日には、真新しい服を着た新1年生がお父さんやお母さんに連れられて町を歩く姿や、先生に渡す花束を持った子どもたちの姿をあちこちで見掛けます。毎年この季節、町の通りでは近所に住む大人が、子どもに「友達は気に入ったか。先生はどうか?」と尋ねる声が聞えてきます。

 同時にロシアの8月は夏が過ぎ去り、足早に秋、そして冬の季節が近づいているのを実感する季節です。日に日に太陽の光が弱まり昼間が短くなっていきます。何となく寂しい気分になるこの季節に、町に彩りを添えるのはそれなりに意味があるのかもしれません。

 ただ、今年の9月はそんな寂しい気分に浸っているような場合ではなくなっています。モスクワの町は霧ならぬ「煙」に包まれて秋を迎えました。特に朝方はひどく、隣の建物さえも霞んで殆ど見えないほどです。モスクワ周辺で発生している泥炭火災や森林火災の煙が市内に流れ込んでいるのです。ロシアのヨーロッパ部には泥炭地帯が広がっており、毎年夏になるとこれに火がつき燻ります。それでも例年は雨が降って、騒ぎにならないうちに収束します。

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 日本でも大きく報道されたように、この夏ロシア南部の黒海沿岸地域や中・東欧地域は記録的な大雨となり大水害が発生しました。一方で、モスクワをはじめとしたロシア平原の大半の地域が記録的小雨と高温に見舞われ、この夏の降水量は例年の3分の1程度に終わりました。このため、泥炭火災や森林火災が例年を上回る規模でモスクワ周辺でも頻発し、燃え広がっています。もちろん消火作業は続けられているのですが、面積が広大であるのと炎がメラメラと燃えるのではなく地面の下の泥炭が燻っている状態のため、その作業は難航しています。何度か降った雨も今のところ焼け石に水といった状態です。火は春から燃えており、7月半ばから8月初めにかけてひどくなった後一旦沈静化していましたが、9月に入って再び悪化しています。

  濃霧のように単に視界が悪いというだけなら、さほど問題ではありません。しかし、煙であるため当然臭いがあって、しばしば目が痛くなったり、むせ返るほどです。健康に良いということも有り得ません。実際、大気汚染の指標となる項目の数値は軒並み許容水準を大幅に越えています。当局は、健康に「直ちに」害を及ぼすことはないという常套句を繰り返していますが、医者や専門家は窓を開けないことや、町を歩く場合はマスクをすること、屋外での過度の運動は避ける、さらに出来れば小さな子どもは、煙のない地域に避難させること等を奨励しています。

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 幸いにしてロシアは人口密度が低いため、このような火災が起きても人家まで火が達することは、そう多くはありません。しかし、逆に国土が広大であるため、廃棄物は分別されることも、焼却処分されることもなく、処分場とは名ばかりの「ゴミ捨て場」に、そのまま投棄されています。さらに、都合の悪いものは勝手に地面を掘って投棄するということが繰り返されて来ています(モスクワ市内でも建築現場などで、放射性廃棄物が見つかり、ニュースになることが時折あります)。このため知らず知らずのうちに、こうしたものにまで火がついて煙となって漂っている恐れも捨て切れません。

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 実際、チェルノブイリの汚染地域であるカルーガ州などでも火災は広がっており、地中の放射能が舞い上がる危険があります。今のところ、火災はヨーロッパ・ロシアの中部が中心であるため西の高濃度汚染地域では状況は深刻化していませんが、危険性はかねてから指摘されています。この夏の事態は、それが実際に有りうる話であることを物語っているように思います。

 ところで建物や木々の間を漂い流れる煙を見ていると、もし原発事故で放出された放射能に色や臭いがあったならこんな感じなのだろうか、という気がします。逆にもし、この煙に色や臭いがなければこの状況が騒がれることもないだろう、という気もします。放射能を含め、ヒトの感覚では捉えることの出来ない物の恐ろしさを改めて実感します。

(モスクワ  平野進一郎)

モスクワ放送で働く平野さんの声はラジオの他、インターネットでも聞くことができます。
モスクワ放送 http://www.vor.ru


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