チェルノブイリ報告 広河隆一


 放射能という得体の知れないものに対し、私たち人間はほとんど対処の方法を知りませんでした。そういう状況の中でチェルノブイリ原発事故は起こりました。

打ち消された被害

 事故後に現れたのは甲状腺のガンでした。現地の医師たちが「大変なことが起こっている、子どもたちはどんどん病気になっている」と訴えていたその時に、IAEA(国際原子力機関)は「放射線被曝に直接原因があると見られる健康障害はなかった。白血病や甲状腺ガンの顕著な上昇はなかった。その結果、汚染地域で作られている食べ物を食べても構わない。余り気にし過ぎない方が良い。汚染地に住み続けても構わない。問題はない」と発表したのです。これに対して、実際に頭痛や喉の痛み、吐き気、そして異常な疲労感を感じた人たちは気のせいだけかと怒ったわけです。子どもがガンになっていくのは気のせいなのか、そんな馬鹿なわけはない、と人々は思うのですが、国際的な機関の医者たちはそういうことを全部打ち消しました。その打ち消した国際諮問委員会の委員長であり、それを発表した責任者は日本人です。広島のことをよく知っているので放射能のことは詳しいだろうとみな信用していたら、結局何もなかったという発表を行ったのです。後でわかってきますが、こういう学者たち、放射能のことを研究している医学者たち、人間の身体と放射能の関係を調べている学者たちはIAEAから研究資金をもらっていたのです。

プリピャチ市のアパートのベランダからチェルノブイリ原発を望む

数字のトリック

 IAEAはつい最近まで、事故による死者は原発職員や消防士たち31名しかいないと言い続けてきました。その中に病気などで死んだ人たちは一切含まれていません。ところが、数字にはいろんなからくりがあったということがようやく分かってきました。つまり、チェルノブイリの事故までの平均的な数字の上昇率が、1986年以降、はるかに跳ね上がったら、その差は事故による被害者ということになります。これは当たり前のことなのですが、こういうことをようやく言い出した学者もいます。先日、原子力資料情報室の公開研究会で講演されたミハイル・マリコさん(ベラルーシ科学アカデミー・原子力共同研究所)です。彼の報告によるとベラルーシだけでも25000件のガンがもうすでに発生しており、甲状腺ガンは5100、胃ガンは2800、乳ガンで3000、肺ガンは1800、白血病は1800、腎臓ガンが3000、皮膚ガンが2300、これらはチェルノブイリの事故のせいで増加したというのです。心臓病の死亡率は汚染地では、非汚染地の2倍になっています。もっと汚染のひどい所では2倍どころではありません。

終わらないチェルノブイリ

 事故当時の子どもたちが、いま大人になって赤ちゃんを生んでいます。結婚したり、異性と出会ったり、新しい人生がスタートしています。その時、自分の身体だけでも色々な不安を抱えているのに、今度は子どもの健康に対しても不安を覚えていくわけです。そういう子どもたちをきちんとチェックして、健康に育つような体制はベラルーシにもウクライナにもないのです。そうした体制をつくるためのお金もないので、事故の被害はもうなかったことにして、様々な保障をしなくてもすむようにしようと言う人も出てきました。こうした経済的な理由からも、事故の被害はなかったことにされていく時代にさしかかっています。

 今年の3月〜4月の末にイラクへ取材に行きました。1991年、IAEAがチェルノブイリの被曝の影響は一切ないと言った、その頃に湾岸戦争が始まりました。それから、何年か経って、湾岸戦争に使われた劣化ウラン弾が原因と見られる白血病が現れてきます。イラクで使われたアメリカの爆弾は、ほとんど劣化ウラン弾に依存するものになってしまっています。そのため原発事故だけではなく、色々な形での核災害が世界で広がっていく、その最大のものがこの戦争で使われる劣化ウラン弾なのです。アフガニスタンでもたくさん使われましたし、そして、湾岸戦争の数百倍の劣化ウラン弾が今度のイラクでも使われています。

加害者にならないために

 チェルノブイリやイラクでの被害は今も続いているし、被害を出す側はそれを覆い隠そうとしています。そういう時、自分は殺されたくないし、殺さないという、たったそれだけの単純なことが、ものすごく難しい時代に私たちは生きています。そしてこれから数年後、イラクの子どもたちに、湾岸戦争の影響によるものの数百倍の規模の白血病が起こってくると言われています。日本はあまり認めたくないけれど、空爆をするアメリカの肩を押したのです。そっちの側にいるわけです。そういうことも知りながら、私たちはこれから加害者にならないようにしなければなりません。この核汚染を広めて、子どもたちを白血病にしていく、そういう形で人を殺す加害者にならないように、胸に刻み付けていかなければならないと思います。

(4月27日東京・日比谷公会堂でのチェルノブイリ17周年救援コンサートでの広河隆一の講演より抜粋)

消えた村の家の中。17年前からそのままの状態で壁のポスターなどが残っている

補足

●IAEAなどの国際機関は、今でも「原発職員や消防士たちの急逝放射線障害を除き、チェルノブイリ事故による放射線被曝によって引きおこされた健康障害は子どもの甲状腺ガンだけである」という姿勢をとり続けている。

●『技術と人間』4月号にマリコ氏を招待した今中哲二氏(京都大学原子炉研究所)の「チェルノブイリ事故の影響研究評価の現状」が報告されている。

 

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