モスクワ便り

РАДИО МОСКВА / RADIO MOSCOW


 およそ5年にわたったモスクワでの「お雇い外国人」としての生活も、ようやく一区切りがつくことになりました。従って、この「モスクワ便り」も、今回でようやく最終回となります。

 この5年間は、ロシア(旧ソ連圏)にとって、今後を左右する大きな意味のある5年間となりました。その時期を、ちょっと変わった立場からロシアで過ごすことが出来たのは、幸運であり、同時に不運だったかもしれません。モスクワに着いて1ヵ月後、町は記録的な大嵐に見舞われ、電線が火花を吹くのを、不思議な面持ちで見つめました。さらに2ヵ月後には、経済危機が発生し、もとより僅かな賃金の価値がさらに下がり、遅配が常態化しました。町では、ほんの数日だけでしたが、買占めが起こり、商店の棚が空にもなりました。さらに、翌年には大統領が電撃的に辞任するという騒ぎがあり、テロ事件や事故も次々と発生しました。また、日常生活では、朝起きると、あるいは仕事から帰ると、家が停電していた、断水していた、電話が不通などということも日常茶飯事(このために、翻訳や原稿の発信が遅れて、事務局に迷惑をかけてしまったことも数知れず・・・)でした。さらに、エレベーターに閉じ込められて自力で脱出したり、警官に金品を奪われたり、市電でスリに遭うというのも、珍しいことではありませんでした。こういうことは書き出せばきりがありません。

 と、こんな風に書くと、とんでもない場所にいたように思われるかもしれませんが、実際のところは、それほど滅茶苦茶というわけでもありません。きちんとした秩序だった日常生活が、そこには確かに存在しています。確かに、多くの人々の生活は、決して裕福なものではないし、色々な面で「先進国」より大きな遅れをとっています。でも、全体として、そこに暮らしている人々が不幸かと言えば、決してそんな訳でもありません。どんな混乱に陥っても、そこには不思議な落ち着きと余裕が存在しています。当たり前の話ですが、「偏差値」が高いから人として優れているとは言えないのと同様に、経済指標や何かによって国や社会の豊かさといったものも決めることはできないのです。

 翻って日本は、世界第2位の「経済大国」であり、個人の所得も、ロシアのそれとは比べ物にならない程の多さです。しかし、そこに暮らす人々が、豊かで幸福な暮らしをしているかと言えば、大いに疑問があります。常に、何かに急かされ、追い詰められて「余裕」を持てない、ちょっと誇張して言えば、「荒漠」とした人々の姿が広がっているような、そんな恐怖を感じずにはいられません。あるいはゴールを見つけられないまま、いつまでも、しかも加速度的に理由の無いレースが繰り広げられている、そんな印象を受けます。競っている本人たちは真剣ですが、観客からは、ちょっと奇異で滑稽に見えるかもしれません。あるいは、このままでは共倒れになってしまうと、ハラハラする観客もいるかもしれません。

 ロシアやウクライナは、この5年で大きく変化しました。経済状況が全体として上昇基調となり、人々の生活にも、物質的なゆとりが少しずつ生まれてきました。当然のことながら、チェルノブイリをはじめ、様々な社会問題を自らの手で解決していくことが出来るようになるためにも、一層の経済的な発展が必要です。そして、そのためには「変化」が必要です。しかし、その一方で、地下鉄のホームに犬たちと酔っ払いが寝そべり、ベンチでタバコを吸うちょっと怖そうなお兄さんたちを、お説教をしながら掃除のおばさんが箒でたたく姿、あるいは、「今日は何曜日?」「今何時?」、「〜はどこ?」と出勤途中、駅までの15分の間に5回呼び止められる町の日常は、変わらないで欲しいと願わずにはいられません。

 最後に、これまで、この連載を読んでくださったみなさまに心より感謝申し上げ、結びとしたいと思います。

モスクワ・平野進一朗

♪長い間ありがとうございました。子ども基金でのボランティアを経てモスクワ放送に勤務した平野さん。モスクワへ旅発ってからも、ニュースの原稿に加え、翻訳のお手伝い、ロシアやウクライナの実情を教えていただいたり、一時帰国の折には貴重な時間をさいて下さったりと、事務局を支えていただきました。これからのご活躍をお祈りします。

 

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