ミンスク便り



5月に入り、ようやく外は緑になりました。月半ば過ぎまでは雨の多い、肌寒い日が続きましたが、下旬になって突然久しぶりの太陽が顔を出して夏のような陽気になり、つい数日前まで暖房をつけるほどだったのが嘘のようです。あまりの気温の低さに延期になっていた恒例のお湯の供給停止も、予定より2週間遅れで始まりました。我が家でも5月24日から6月6日まで、お湯が出ません。外の気温が上がったとは言うものの、水道の蛇口から出る水は氷のように冷たく、手を洗うにも辛いほどです。確かに寒い時よりは楽ですが、暑いなか、大鍋でお湯を沸かすのもそれはそれで煩わしいものです。古い給湯システムを全て新しいものにすれば、この「冬に備えた点検作業」も不要になるのでしょうが、それまでにはあと何十年かかるのでしょうか。それでも二年ほど前からは、大統領の指示で停止期間を最大二週間に止めることになっており、1カ月、2カ月お湯の出ないこともあった以前に比べればよくなった、と言われるのですが…。

チェルノブイリ原発事故から19年となった今年の4月26日は、この日に毎年ミンスクで行われている反対派による抗議行動もごく低調なものでした。こうした行動は、国家当局にチェルノブイリ問題への取り組みを強化するよう要求するものですが、大統領はこの時期、ゴメリ州など汚染地域を訪問するのがここ数年慣行となっており、今年もこうした抗議の声が大統領の耳に直接届くことはありませんでした。ベラルーシの現政権は、チェルノブイリ問題は既に解決したという立場をとっており、チェルノブイリ問題を提起すること自体が反体制派であることを意味するようになっています。当局ばかりでなく特に汚染地域の住民の間には、毎日直面せざるを得ない放射能の問題をわざわざ思い起こされるのを嫌がる空気があり、こうした無関心に警告を発する専門家の声も届きにくくなっているようです。

こうしたなか、つい先日、ちょっとした騒ぎがありました。チェルノブイリ原発で事故が起こり、放射能が漏れているという噂が流れたのです。この噂は、ちょうど天気が急によくなった5月23日頃に発生し、ミンスク市内で瞬く間に広がったようで、幼稚園では子供を外に出さないように指示され、市内の薬局にはヨード剤を買い求める人が殺到した、といった内容が伝わりました。噂の真相を求めて人の口から口へと話が広がり、憶測が憶測を呼び、更にモスクワで発生した大規模な停電のニュースも拍車をかけたようです。私の勤務する日本大使館には、モスクワの日系メディアや日本の外務省からも「ミンスクでパニックが発生している」件について真相の問い合わせがありました。ついにはベラルーシ国営テレビもこの「噂」についてとりあげ、国家当局も正式にコメントするに至りました。当局の発表は、噂は全く根拠のないもので、何ら心配することは無い、というものでした。どうやら、学校や幼稚園向けに発せられた暴風雨警告がこの噂に発展したようです。これで数日間の騒ぎはようやく沈静化に向かいましたが、「1986年の事故の際にも、当局は真相を隠していた」「火のない所に煙は立たない」という声はあちこちで聞かれました。

噂が噂に終わったのは幸いでしたが、こうした一件がまたしても政治的に利用され、チェルノブイリ問題の本質を歪めることになるのが懸念されます。ようやく太陽のまぶしい季節になったというのに、安心して子供を外で遊ばせられないというのは悲しいことです。一体、誰の言うことを信じればよいのやら。インターネットで情報が瞬時に世界中を駆けめぐる今日、人の口というのは恐ろしいものだと改めて思いました。

(花田朋子 ミンスク在住日本大使館勤務)


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