11月01日(月)[投票日前日の大移動]

あわただしい1日だった。大統領選挙の報道は日本のテレビ局の場合、提携関係にある米ネットワーク局との関係で、ニューヨークを中心に出すケースが多い。ブッシュ陣営の選対は支局のすぐそばのレーガン・ビルディングに、ケリー選対は、ボストン市内にできる。僕らもCBSニュースのビルにあるNY支局まで大移動。直前の世論調査もギリギリまで大接戦だ。ブッシュ大統領は今日の運動最終日、実に6つの州、7カ所を回って最後の訴えをした。最後はテキサス州ダラスに戻った。あすは投票を済ませてからホワイトハウスで戦況を見守るはずだ。ホワイトハウスの主が替わる場合(つまりケリーが勝った場合)、スタッフがほとんどが入れ替わる。役所の上もかなりが入れ替わる。それがきちんと落ち着くまでに半年くらいはかかると言われている。選挙の年は1月から11月までが、毎日が選挙運動みたいなものだから、任期4年の大統領制と言っても、最初の半年は準備期間、最後の1年は選挙運動。その真ん中に「中間選挙」があって、実際に働いている任期というのは2年半くらいじゃないだろうか、という感じだ。ともあれ、本番は明日だ。眠い。


11月02日(火)〜11月03日(水)[長い長い日〜「みんなブッシュが好きなんだ」]

NYで、特番などの打合せ。もうひたすら走るだけ。投票率があがっている。CNNの推定では60%以上、ベトナム戦争さなかの1968年以来の高い投票率になるだろうとか。本当だろうか。米メディアは投票所の風景を映し出しているが、長い長い列ができている。3時間から5時間もかかって投票している場所もあるという。この投票への情熱。驚くのはearly vote(事前投票)が有権者の5人にひとり、20%近くにも達していることだ。これをどうみるか。一般的に投票率が上がれば、民主党に有利と思われているが、今回ばかりはそう単純には言えない。特に事前投票の増加は動員された「組織票」を想起させる。票が開き始めてからは、それぞれの候補が順当に基盤州を押さえ始めた。テレビの場合、出演しているうちは、情報収集作業から離れていなければならない。情報が手元にないまま、結果だけから何かを言い当てるのは至難の業だ。そして予想通り、3大激戦州と言われるペンシルベニア、フロリダ、オハイオの帰趨がどちらに転ぶかで勝敗が決まる状況になった。出口調査の結果では、ケリーが優勢になっているという。まずペンシルベニアをケリーが押さえ、フロリダはブッシュが押さえるという状況になった。2日夜の午後11時半頃のことだったと思う。日本の時間ではちょうど、午後1時半頃だ。フロリダをブッシュが押さえた。残るオハイオが帰趨を決める。これがなかなかたいへんなことになった。provisional ballots(暫定投票制度)という制度で投票した人の票数が17万〜25万あるという情報がある。刻々と入ってくる情報はこちら時間の未明になっても情報が交錯したままだ。そんななかで起きたこと。あのFOXニュースが早々と「オハイオをブッシュがとった」と速報した。4年前のフロリダでの出来事を思い出した。まもなくするとMSNBCもオハイオをブッシュがとったと速報して後を追う。だが、本体のNBCはオハイオを確定させていない。迷う。だがこの速報の後追いをすることは結果的に見送ることになった。夜中、エドワーズ副大統領候補がボストンで支持者の前に姿を現して「最後の1票1票まで数えることを求める」と訴える。これはたいへんな泥仕合になりそうだ。一方、ブッシュ陣営は、アンドリュー・カード首席補佐官が登場、286票は獲得すると述べ実質的な「勝利宣言」をしてしまった。長い長い1日だ。完全な徹夜。断続的に番組に出演。結局3大ネットワークは勝敗は決着しないまま持ち越しということで特別番組を終了させてしまった。目がしょぼしょぼしてきた。これは一端ホテルに引きあげるべきだろう。朝日が昇る頃、CBSの前でタクシー待ちをしていた。風が強く寒い。ふと見ると、さっきまでCBSの特番に出ていたボブ・シーファーがタクシー待ちをしているではないか。そうなんだ。こんな大物キャスター記者にしても、ハイヤーなどは使わず自分でタクシーを拾って引きあげるんだ。大統領テレビ討論の司会までつとめた大物でも。ホテルに着いて、ベッドの上にごろんと横になって、ちょっと気を抜いたら1時間ほど眠ってしまった。危うくずうっと眠り込んでしまうところだった。シャワーだけを浴びて着替えて再びCBSニュース・ビルへ。こちらの朝8時55分から、日本時間では夜の22時55分からの「筑紫哲也NEWS23」に出て、頭が朦朧とするなかで情報をフォロー。出口調査の結果、有権者の最大関心事は何と「道徳的価値観」(moral values)だったという。対テロ戦争でもなくイラク戦争でもなく、雇用問題でもなく、22%もの人が「道徳的価値観」こそが投票の判断の基準だと言っているのだ。これがこの選挙の性格を最も端的に表しているように思う。それでそのことを中心に喋った。オハイオの暫定投票の確認作業は11日かかるという。メディア各社が今やオハイオ州のコロンバスに終結しつつある。僕らの仲間も今朝7時すぎの便で急遽オハイオ入りした。午後11時過ぎのことだ。AP通信が一報。ケリーがブッシュに電話を入れ敗北を認めたのだ。目がしょぼしょぼする。これで決まりだ。ただちにニュース速報の依頼。その後も断続的に出演。終わった。この選挙は終わったのだ。アメリカ国民はブッシュ続投を選択した。この4年間のブッシュ政権の政治を「信任」したのだ。オハイオ州のような、失業者も増加し、リベラルな風土と言われる州でも、ブッシュ続投の声の方が多かった。部屋にいた誰かが疲れ切った声でつぶやいた。「みんなブッシュが好きなんだ」。今後4年間、ブッシュ第2期政権が続く。その間に世界地図はどのようになるのか。アメリカ社会はどのように変わるのか。日米関係は変わるのか変わらないのか。それにしても「みんなブッシュが好きなんだ」。今日中にワシントンに引きあげよう。NYの空港のテレビでケリーの敗北宣言とブッシュ勝利宣言をみる。ケリーは泣いているようだった。それを報じているCNNのジュディ・ウッドローも感傷的になっているのか、目元が潤んでいる。FOXはとても元気づいたようにニュースを流し続けている。「みんなブッシュが好きなんだ」。午後5時過ぎにレーガン・ナショナル空港に到着。支局に至るまでの道がいやに混んでいる。レーガン・ビルで行われた祝勝会で交通規制が敷かれ、道路が大渋滞をきたしているのだという。そう。「みんなブッシュが好きなんだ」。


11月04日(木)[空席が目立ったブッシュ再選後初の記者会見]

朝から雨が降っている。朝早くから中継があったが、危うく寝過ごしそうになった。何だかひどい「脱力感」に覆われていて疲れがたまっている。ちょうど午後10時にホワイトハウスから電話が入る。大統領の記者会見があるので、10時15分までにノースウエストゲートに来い、という。ええっ?あと15分しかないじゃん。慌てて森カメラマンと自分の名前をFAXし、雨の中を飛び出す。雨足がひどくなってきた。ところが登録のプロセスがまだ整っていなく、足止めを食らう。会見場に到着すると、前の方の「指定席」は埋まっているが(ホワイトハウスが席次表を作成している)、後ろの方は結構空席がある。記者たちが疲れ切っていることに加え、是非とも見てみようという意欲が削がれてしまっているのだろう。驚いたのは、カール・ローブ上級顧問が最前列に座っていて、CNNのジョン・キングが会見直前に生中継をやり出すと、その後ろでカメラに映るようにおどける仕草をして会見場の記者が笑い出した。よほど気分が高揚しているのだろう。ブッシュ大統領の余裕綽々の表情。途中、記者から「アラファト議長が死亡したという情報が入っているが、どう思うか?」と質問が出た。自分も知らなかったのでびっくりした。支局に戻って確認すると、アラファトは昏睡状態にあるらしい。エドワーズ夫人に乳ガンがみつかったというニュースが入ってきた。勝者にはよいニュースが続き、敗者の周囲にはよくないニュースが溢れる。


11月05日(金)[いろんなことが頭の中を駆けめぐる]

朝、久しぶりにぐっすり眠ったあとに目が覚め、外を見る。きのうの雨とは打って変わって晴れている。風がかなり強い。午後、NYから筑紫哲也さん一行DC着。こちらでのインタビュー取材を終えてからNY経由で帰国して、月曜日から東京のスタジオに復帰する。こういう仕事は超人的な体力と気力がないとつぶれてしまう。それはテレビをみているだけの人にはわからない種類のものだ。MSNBCをみていたら、「アラファト・カウントダウン」の見出し。ひどいものだと思う。出口調査に基づく大統領選挙の投票行動分析が実におもしろい。年収が5万ドル以上の層はブッシュに投票。高学歴層はケリーに投票。教会にいくキリスト教国民はブッシュに投票。黒人層はケリーに投票。アジア人、イスラム教徒はケリーに投票。中間層の白人はブッシュに投票。結婚していて子供がいる主婦層はブッシュに投票。ゲイマリッジ(同性結婚)に反対している人はほとんど全部がブッシュに投票。アメリカは本当に分裂している。そういうなかで見ていきたいのは「若きブッシュ支持者たちの肖像」である。これらの人々がどんな価値観に基づいてどんな生き方をしようとしているのか。ローラ・イングラハムとかアン・カトラーとかに憧れる若いやつらの肖像。プロコフィエフのピアノ協奏曲2番を繰り返し聞く。


11月06日(土)[やりたい放題が始まろうとしている]

アメリカの選挙の「Winner Takes All」(勝者総取り方式)は、ある意味でこの国の本質をあらわしていると思う。ブッシュ政権は今後4年間、フリーハンドを手に入れた。国民の投票の末に勝ったんだから何でもやれるというわけだ。ほとんどどのメディアも取り上げていないが、大統領選の決着がついた翌日に、ニューヨークのCPJ(ジャーナリスト防護委員会)本部に国防総省から書面が届いたそうだ。イラク戦争のさなか、バグダッドのパレスチナ・ホテルに米軍戦車が砲撃を加え、ロイター通信のカメラマンら2人が死亡した事件の報告書(52ページ。一部に黒塗り箇所あり)を送付してきたのだという。ロイター通信はさすがに記事にしていた。それによれば「米軍側には全く過失はない」と結論づけているという。同じ日に起きたアルジャジーラのバグダッド支局に対するミサイル攻撃で記者1人が死んだ事件に関しては、いまだに国防総省は報告書すべてを公開していない。でも、勝者になったのだから、第2期政権発足のどさくさにまみれて出してくるかもしれない。アラファトが死にそうで、パレスチナ情勢が再び不安定化しても、アメリカは勝者なのだから何でもありだろう。すでに大統領はアラファトへのお悔やみの言葉まで発してしまったし。そして、目下最大の「やりたい放題」の仕上げが進行しようとしている。ファルージャの大々的な掃討作戦だ。かつてない規模の兵力が投入される。この街が廃墟になろうが、遺跡みたいな街になってしまおうが、悪いのは「テロリスト」の方なのだから、勝者には何の痛みもないし、やりたい放題のあと、この地をブルドーザー整地でも何でもしてしまうだろう。そして米メディアや疲れ切った欧州メディアももはや何も言わなくなるかもしれない。何かが決壊しているのだ。嘆いているヒマなんぞない。


11月07日(日)[40年ぶりくらいのマッコイ・タイナーのライブ]

正確に言えば、きのう土曜日の夜11時半頃に、ジョージタウンのブルーズアレイに行くと、店の前には長い列が出来ていた。深夜スタートのマッコイ・タイナー・トリオのライブ演奏を聞く人たちだ。若い人も結構いる。何しろ真夜中のショーだし体力だって多少必要だ。マッコイ・タイナーに夢中になっていたのは、僕が大学生の頃だ。アルバム『エコーズ・オブ・ア・フレンド』が出た後だったと思うけれども、新宿の厚生年金ホールに、誰と一緒だったかは忘れたけれども、ライブを見に行ったのだ。だからもう40年近く前のことだろう。それ以来、ライブは見ていない。もう70歳は過ぎていると思っていたら、来月66歳になるというから、コルトレーンと一緒にやってた頃は本当に若かったんだと知る。50人あまりの客を前にして、あのモード奏法というやつ、催眠術みたいにぐんぐんひきこまれるグルーブ感。久しぶりにジャズのライブの醍醐味に浸る。帰宅して、ずうっと読みさしの小説の続きを読み出したら、1968年11月6日が「楽園の失われた日」と書かれていた。米大統領選挙で共和党のニクソンが勝利した日のことである。2004年11月2日のことを僕らは何と書けばよいのか。ファルージャの制圧作戦が刻一刻と近づいている。


11月09日(火)[アメリカ裂衆国(Divided States of America)にて]
きのうからニューヨークにいる。何とかいろいろな人と会いたい。それでアポをいれるが、時間が足りないのでどうしても駆け足になってしまう。誰と会っても、話題の多くを占めるのは、大統領選挙の結果への「脱力感」だ。現下のファルージャで起きている大規模掃討作戦をアメリカの人々は「モラル・バリュー」(道徳的価値)とは無関係のことがらだと思っているのだろう。戦争こそもっともモラルとの関係で問われなければならない出来事であるにもかかわらず。そこで生じるCollateral Damage(付随的被害=民間人の巻き添え被害=市民が殺されること)は、多くのアメリカの人々にとっては、投票の際にもっとも重視したという「モラル・バリュー」の外にあることがらなのだ。この恐るべき想像力の欠如。グリニッジ・ビレッジで、久しぶりに坂本龍一夫妻と会った。選挙をめぐるいろんなことを話しているうちに、今回のブッシュ再選の原動力になったとか言われている「Security Mom」(既婚で子供がいて、わが子の安全を何よりも最優先するお母さんたち)という言葉から、「キャラメル・ママ」っていうのが日本にもいたなあ、とふと思い出した。わが子可愛さから思いっきり「保守」にぶれるお母さんたち。そのお母さんたちとっては、ファルージャで殺される子供たちは異世界の出来事なのだ。自国民さえよければいいのか。アメリカ裂衆国(Divided States of America)で自問する。

11月11日(木)[葬送行進曲と米国国歌がほぼ同時に流れる]
昨夜遅く、アラファト死去の報。本当にブッシュ再選以降、こんなニュースばかりだ。これで中東和平の流れがかなり変わるだろう。アラファトはパレスチナ国家運動のアイコンだったことは間違いない。アメリカのブッシュ政権は、そのアラファトを「交渉相手とせず」という姿勢をとり続けた。このあとPLOがプラグマティストたちの指導に移行するとの予想が多い。午前11時前。アラファトの遺体がパリからカイロに移送され、荘厳な葬送行進曲が奏でられている。CNNのライブ映像をみていた。それが急にアーリントン墓地のライブ映像に切り替わる。今日はベテランズデー(祝日)なのだ。カール・ローブが、ニコニコしながら、パウエル国務長官とウォルフォウィッツ国防副長官のあいだに座る。ブッシュ大統領の登場と共に、米国国歌が演奏される。葬送行進曲と米国国歌。このコントラスト。これまで僕は、何度も何度も、「アラファトはテロリストだ」と宣伝するイスラエル側のテレビCMがアメリカのCNNで流れるのを見てきた。アラファトは1994年のノーベル平和賞の受賞者である。支局へ向かう車のなかから、コンスティチューション大通りをみると、式典帰りのベテランたちで混雑していた。

11月12日(金)[アラファト死去は「Great Chance」か?]

故アラファト議長は、およそ3年間にわたってイスラエルによって事実上幽閉さて続けたラマラのパレスチナ自治政府議長府に埋葬された。遺体がヘリによって搬送されると、数万人の群衆がその着陸場所に押し寄せ、警備の威嚇発砲があったりして米テレビは「大混乱だ」とか「暴動になる勢いだ」とか言っていたが、それほどの悲しみが覆っているのだろう。泣いている人がかなりいる。それからしばらくしてのことだ。ホワイトハウスでブッシュ大統領とブレア英首相の会談があって記者会見が行われた。朝からずうっと雨が降っていて、ローズガーデンの会見は中止になり、会見場所が屋内になったため、取材記者に制限ができた。イギリスとアメリカの記者だけ。僕らは行けない。大統領は「パレスチナ国家樹立のためのGreat Chanceが訪れた」と述べた。アラファト死去は、ロードマップ復帰へのGreat Chanceだという底意が露わなその言葉遣い。会見の中で、ブッシュ、ブレア両首脳がそろって、日本の小泉首相について「Good Man」だと激賞していた。本当に不可思議なことだ。イギリスのタイム紙の記者が「ブレア首相は不当にもブッシュ大統領のプードルと言われているが、イラク戦争での強力な支持に対して返礼の必要を感じているか?」と質問していた。こんなことを日本の同行記者たちは質問するかな。午後、スコット・ピーターソンに有罪宣告。CNNやFOX、MSNBCが大騒ぎしている。妊娠中の妻を殺した「極悪人」ということになっている男だ。裁判所の回りに集まった大勢の野次馬たちが「有罪宣告」(死刑または終身刑)が出るとともに狂喜して「イエー!」とか叫んでいる。この人たちは何なんだ?笑顔で「Guilty」と刷られた号外を手に手に集まって、生中継するテレビの記者たちの背景に登場している人々。どこの国も似たようなものだなあ。こういう人たちがおそらく声高に「モラル・バリュー」とかを選挙の投票の際に大切だとか言っていた人たちの正体じゃなかろうか?そういう人たちにとっては、スコット・ピーターソンを死刑にすることの方が、ファルージャで米軍が何人ヒトを殺そうが、もっともっと「モラル」に関わる一大事なのだろう。


11月13日(土)[ファルージャでヒトを何人殺したか?]

ファルージャがほぼ「制圧」された。米軍はこれまでの所、相手側の被害については曖昧な答しかしていない。そんななかでイラク暫定政府の国務大臣が、「制圧」作戦で「武装勢力」の人間をおよそ1000人殺害したと述べた。とんでもない数だ。そのなかに民間人は何人含まれているのか?大体「武装勢力」とはどのようなヒトをさすのか?子供が銃をもっていたら「武装勢力」か?女性が銃を持っていたら「武装勢力」か?米軍兵士が数十人死亡しているようだが、ケタが違う。辞書を引くとファルージャの人口は28万5千人とあったけれども、それは戦争が始まる前の数字だ。一体、このファルージャで米軍はヒトを何人殺したのだろうか?
坂本龍一の『/04』を聞く。やけに今の心境に染み込んでくる。「Undercooled」のアクースティック・バージョンが特に。『Chasm』のなかでは、とびきり好きな曲だったのだが、ああいう切実感のあるラップは日本にはないんだろうなあ。「戦メリ」や「Rain」の最新テイクも深化していて心地よさを通り越して刺さってくる感じ。


11月14日(日)[ファルージャでヒトを何人殺したか(2)]

イラクの赤十字にあたる赤新月社が、ファルージャに入ろうとした所、米軍から立ち入りを拒否されたという。ファルージャ市街はほとんど廃墟と化しているという。CNNやCBSの従軍記者たちのリポートを見るが、何でここまで徹底的に破壊しつくさねばならないのかと思うほどの荒涼たる風景だ。中性子爆弾というのがある。建物を残して生き物だけを殺戮する究極の兵器だ。今、ファルージャで起きていることは中性子爆弾の部分使用に近いのではないか。その理由は「武装勢力」を消滅させることである。イラクの人口のかなりの部分を消滅させたら「武装勢力」はなくなるのか?代わって、アメリカのメディアに登場して来ているのは、またしても、戦場で命を落とした米兵の「感動的な」ストーリーだ。この国のメディアは結局の所、イラク戦争を経ても、大統領選挙を経ても、なあんにも変わらないのだろうか。そして、日本のメディアも。モラル・バリュー=「倫理」が聞いて呆れる。


11月15日(月)[パウエルがとうとうブッシュ政権から去ると発表]
朝、自宅を出ようとしていた時に東京から電話がかかる。コリン・パウエルがついに辞任を発表するという。APが打った。あわてて一報を東京に送り込む。やっぱりという気持ちと、これでどうなるんだ、という気持ちが交錯する。パウエルの退場で、第二期ブッシュ政権の外交政策はかなり変わるだろう。イスラエル外相との会談後のステークアウト取材に向かう。パウエル自身はその前に国務省内でさばさばと記者会見をした。金曜日に辞表を提出したと。ブッシュ大統領にはもう「一期で降りたい」という意向を伝えていて、了承を得ていたという説明だった。ホントかな。CBSがライス補佐官が後任だと打ってきたようだ。ライス補佐官が国務長官?旧ソ連の専門家で古い安全保障理論の信奉者であるライス。ジャマイカ移民の息子でハーレム育ちのパウエルと、幼少の頃から英才教育を受け、プロコフィエフやブラームスを愛し、フィギュアスケートに励んだライスとでは全然バックボーンが違う。昔「カッコーの巣の上で」という映画があった。あそこに登場していた自信たっぷりの精神病院の女性職員。あれを連想ししうまうのは誤解だろうか。

11月16日(火)[ライス女史の目に涙]

ブッシュ大統領はすばやく動き、パウエル国務長官の後任にライス安全保障担当補佐官を指名した。そのセレモニーがホワイトハウスで行われた。クリーム色のスーツ・ジャケットに身を包んだライス女史は、いかにも嬉しそうだ。そしてブッシュ大統領が経歴紹介をしている最中、目元に涙がにじんでいた。人種差別の激しかった南部州の出身で、両親が苦労し・・・云々のくだりで泣けてきたのだろうか。こういう感情が表に出る面があるのだなあ。ロシアの作曲家が好きなようだし。その反面、「鉄の女」ライスという人物の安全保障理論は、ソビエト封じ込めという旧来の力の理論に依拠した古いものの考え方なようで、それが「ポスト9・11」の液状化した現代に通じるのかどうかはわからない、という声が国務省内には強い。何しろ、2001年の9月11日直前までは、ライス女史にとっては中国のミサイルに対応する米国ミサイル防衛網のことが最優先事項だったようだから。まして、国務長官は外交の顔だ。安全保障=テロとのたたかいを全てに優先させるだけでは済まないだろう。アーミテージ副長官はきのうのうちに辞表を提出した。第二期ブッシュ政権の全体像が徐々に明らかになるにつれて、「身内」で固めたイエスマン政権になる公算が強くなったようだ。


11月18日(木)[ファルージャの映像への反応がこれか?]

米軍に従軍取材していたNBCのカメラマンが撮影していたモスク内での無抵抗イラク人を射殺するシーンはショッキングなものだった。問題は、NBCの従軍カメラマンがこれを撮影していなかったら、このイラク人たちは「武装勢力」として何の問題もなく片づけられていたということだ。今回のファルージャ掃討作戦で米軍が射殺した千人以上のイラク人らが、これと同じように「死んだふりしやがって」とかの罵声を浴びながら殺されたのではないという証拠はない。CNNのポーラ・ザーンのショーに、例のトリー・クラークが登場。戦争とはこういうものだ、と居直っていたのには大いに恐れ入ってしまった。少しはショックを受けた「ふりをする」と思っていたのに。フォックスなど別のテレビには、米軍のネガティブなシーンを伝えるのは志気にも影響を及ぼす反国家的な行為だと、逆に従軍取材のあり方に文句をつけているような論調さえ出ている。
クリントン元大統領のライブラリーがアーカンソー州の故郷にオープン。そのセレモニーが激しい雨の中行われている。ゲストのU2のボノがビートルズの往年の名曲『レイン』(ジョン・レノンの歌声が耳にこびりついているよ)を歌う。いいなあ。『レイン』は坂本龍一のもいい。雨は音楽家の心をそそる。それにしてもクリントンの顔色が悪くなった。例の心臓手術以来のことだけれど。


11月19日(金)[「参勤交代」としての閣僚訪米]

APEC取材組の留守番としてワシントンに残っている最中、ワシントンには日本からの政治家訪問が相次ぐ。大野防衛庁長官が、同行記者団とともに国防総省にやって来た。時差との関係でほとんど眠れないまま、外交スケジュールをこなすのは大変だろう。同行記者の数が多い。就任後初の訪米。ラムズフェルド長官が国防総省で手厚く出迎えた。
こちらでそのようなケースをみていて連想する言葉は江戸時代の「参勤交代」だ。徳川幕府は諸国大名の生殺与奪の権力を保持するため、大名に一定期間、交代で江戸に勤務させていた。日本の歴代首相も必ずと言っていいほど、まずは「訪米」というセレモニーが待ち構えている。そこで「認知」されなければ一人前の総理じゃないほどの重みがある。参勤交代に赴くための旅団が「大名行列」というやつである。長い長い行列だ。僕らも大統領の外遊などに同行取材することがある。回りからみれば、僕らも「大名行列」の一員みたいにみられているのだろう。APEC関連の映像をみている。チリのサンチアゴのデモ警備の手荒さに呆れる。放水に加え、路上で1人の女性を武装警官4人がかりで羽交い締めにしている。APECの「大名行列」はプロテスターたちのはるか彼方だというのに。


11月20日(土)[殴り合いは楽しい、傍観者には。]

朝早くスウィミングプールでひと泳ぎしてロッカー・ルームに行くと、テレビの前に人だかりが出来ている。きのうのNBAの試合で大乱闘があったのだ。そのすさまじいこと。プレイヤーばかりか観客も入り乱れての大乱闘になっていたのだ。インディアナ・ペイサーズとデトロイト・ピストンズの試合。もろにぶん殴り合いになっている。選手が観客を殴り飛ばしている。コーラとか飛び交っている。こりゃあヒドいわ。それでスポーツ・クラブのテレビの前の観衆はと言うと、みんなまんざらでもない表情をしているのだ。こりゃあ面白いなあ、いいもの見たなあ、というばかりに。NBAはアメリカ・スポーツ文化の粋だものなあ。こういうシーンこそむしろ今のアメリカを象徴していているのかもなあ。と勝手なことを思い描いてロッカー・ルームを出た。暴力の衝動は、ちょっとしたことで噴出する。そう言えば、日本にいた頃、地下鉄とか電車のなかで僕のようなおっさんが若い奴らの傍若無人なマナーを注意したりすると、殺されたりしてたもんなあ、と思い出す。


11月23日(火)[CBSニュースの四半世紀の顔が退くと表明]

NYに来ている。思ったよりもずっと暖かい。街はすっかりクリスマスのイルミネーションに彩られている。ニュージャージーからの帰り、ホテルに戻ってみたら、CBSのダン・ラザーがイブニング・ニュースのアンカーマンから、来年3月9日で退くとのニュース。とうとう、そのようになったのだなあ、という感慨に襲われる。9月の「60ミニッツ」でのブッシュ軍歴疑惑「誤報」事件が関係していないことはあり得ないだろう。CBSの内部調査の結果が出る前に引くことを表明した背景もさまざまなことが推測できるが、そのようなことを記しても意味がない。ダン・ラザーは24年間にわたって、CBSイブニングニュースのアンカーマンをつとめてきた。前任者はあのウォルター・クロンカイトである。何幕目かの幕が下りようとしている。


11月25日(木)[アメリカに最も近いヨーロッパで]

休暇をとってカナダのケベック・シティに来た。ここはまるでフランスだ。公用語がフランス語だし、街の風情も本当にヨーロッパの石畳の古い通り。クリスマスではなく「ノエル」の美しいイルミナシオンで小路がきらきらしている。きのうから気になっていたのはウクライナ情勢だ。カナダの新聞はトップ記事が、もちろんダンラザーの引退などではなく、どの新聞もウクライナ情勢だ。市民の大規模集会が内戦に発展しかねない勢いだと伝えている。どの新聞も野党側のユスチェンコに同情的だ。選挙で不正が行われた可能性が強く、選管発表は民意を反映していないと。どこかの国の選挙結果みたいだな。トロント・スター紙は、ユスチェンコの顔がこの1ヶ月で激変してしまったことを大きな「以前」「現在」の2枚の写真を掲げて報じていた。彼は原因不明の病気にかかり病院に担ぎ込まれ、出てきた時には容貌が全く変わっていたのだという。確かに!。ロシア・プーチン政権に近い与党側・ロシア側双方の選挙妨害にあい、毒を盛られたという説が有力なのだという。なるほどと思うのは、ロシアの諜報機関は本当にそういうことをやってしまう前歴があるからだ。かつて、潜水艦沈没事件で抗議する母親に注射針をもった女性が近づいて「ずぶり」とやってしまう映像が流れたことがあった。最近でも、ロシアの女性記者アンナ・ポリトコフスカヤが小学校占拠事件の取材に向かう飛行機で出された紅茶を飲んだ瞬間に意識不明になった出来事も起きた。ハンサムな野党リーダーの顔をエレファントマンのように変えたいと思ったらそのようにやってしまうことも「彼ら」なら可能なのだ。ウクライナの市民の怒りはそのような「汚い手」に対する怒りという面もあるのだろう。カナダのメディアの関心が高いのは、ウクライナ系の市民がこの国にはかなりいることとも関係している。


11月26日(金)[ケベックがなぜウクライナへの思いで熱くなるのか?]

ケベック・シティの文明博物館などをみて回ると、カナダ全体のなかで、このケベックがいかに特異な、かつ、フランス文化のコアを持った土地柄かの一端がわかる。こちらでみるニュースのトップは、今日もウクライナ情勢。新聞の論説を読んでも、ほとんど野党指導者ユスチェンコとそれを支持する市民を全面的にバックアップする姿勢で共通している。「最後の帝国主義とのたたかい」(ナショナル・ポスト紙)とかの熱い見出しだ。そのケベックの歴史を展示した「ケベックの時代」展(文明博物館)が実に面白かった。1960年代の「静かな革命」や1970年の「ケベック解放戦線」の10月危機、さらにはイヌイット族の土地闘争の史料(フィルム映像が充実している!)がしっかりと展示されている。公共の歴史展示でここまできちんと事実をさらすありようは、どこかの国とは大違いだ。賛否は問わず、分離・独立運動がケベックで盛んである理由がおのずと理解できる仕組みになっている。その核心にあるのは文化の独自性。アメリカと比較してみると、そこが際だっている。食事のうまさから音楽の質の高さまで、文化の深さというか、洗練の度合いというか、アメリカって本当に・・・・おっと、のど元まで出かかっている言葉を飲み込もう。ウクライナの市民に呼応するカナダ市民の動きも盛んで、トロントでも支援バス・ツアーが行われた模様をニュースが伝えていた。もう一度来たい土地だ、ここは。


11月28日(日)[「テロの時代」に「核戦争の時代」を読む]

この小説は読むのにとても時間がかかった。放り出しそうになっては、気にかかってまた読み出して、それを何度か繰り返して、とうとう読んだ。このずっしりとくる読後感。ティム・オブライエンの『ニュークリア・エイジ』だ。アメリカで出版されたのが1979年だから、もう25年も前の本だ。「核戦争の時代」に入った60年世代の夢と挫折が当時の最新テーマだったとすれば、今は「テロの時代」という触れ込みなので、この小説がもう古いのかと言えば、全くそうじゃなくて逆に輝きを増してきている。ベトナム戦争といい、イラク戦争といい、この国のやってきたことに本質的な変化はない。ただ、主人公ウイリアムのようなアメリカ人は、ほとんど窒息死させられる空気が、現在この国を覆っていることは大きな変化だろう。ましてや、この小説のヒロイン、サラ・ストラウチのような(ジェーン・フォンダがチアリーダーになったみたいだ!)女性だって、この国からはもうとっくに追放されてしまった感がある。ちなみに、このサラの台詞は読んでいて本当に切なくなり、ほとんど泣けてくる。こういう言葉が本当にあった時代があった。日本でもね。だから、とても逆説的だけれども、かつてアメリカで切実に語られていた言葉が、今死滅しつつあるということを提示する意味において、この小説はさらに輝きと強さを増してきているのかもしれない。うーむ。とにかくサラ・ストラウチ。クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の読後感に通じる。


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