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[あ〜あ、とうとう戦争だ!
     ──暴走する超大国の5つの無謀]

 16日アゾレス諸島に集った米・英・スペイン3国首脳は、まるでトタン屋根の上の3匹の猫のようだった。この前日、ワシントンでは「戦争阻止と人種差別停止を今こそ(ANSWER)」の呼びかけで10万人が“BUSH IS MAD”“NO WAR FOR EMPIRE ”“NO BLOOD FOR OIL”などのプラカードを掲げてホワイトハウスを取り囲み、またロサンゼルス、サンフランシスコ、ボストン、米中央軍司令部の本拠地フロリダ州タンパなどでも反戦集会が開かれ、全米の行動参加者は数十万人に及んだ。同じ日、スペインではマドリードで100万人、バルセロナで50万人が行進して「戦争を阻止しよう」「アスナール首相は辞任せよ」と叫んだ。イギリスは、反戦世論がますます高まる中、閣内不統一と労働党議員の大量離反で政権崩壊の危機が迫っている。

 3国首脳会談では、英ブレア首相とスペインのアスナール首相は、イラクに対する最終提案を発するなどして世界の世論を味方につける努力を最後まで払うべきだと、哀願にも似た主張をした模様だが、ブッシュ米大統領の開戦決意は固く、武力行使容認の新決議修正案が17日中に採択されなければ外交努力を打ち切り、決議なしで、英国が参加しなければ米単独ででも、イラク攻撃に踏み切る考えを押し通した。仮に17日中に安保理が採決を行ったとしても、3国案が多数の支持を得る可能性は皆無であり、その場合3国は採決に付して否決の憂き目を見るよりも、案を取り下げて採決をさせない道を選ぶから、どちらにしても“外交努力”は17日で終わり、1週間ないし10日以内に世にも馬鹿馬鹿しい戦争が始まる。

 この戦争がなぜ馬鹿馬鹿しいのかと言えば、第1に、戦争の目的そのものが無謀である。この戦争の目的は、サダム・フセイン大統領の“除去”であり、これは国連憲章2条4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」という確立された世界常識に対する違反である。もちろん国連憲章は51条は、加盟国が武力攻撃を受けた場合、安保理が必要な措置をとるまでの間「個別的又は集団的自衛権」を行使することを認めているけれども、この場合、米国は武力攻撃を受けている訳ではなく、自衛のための武力行使には該当しない。米国はイラクが国連決議違反だと言うが、だからといって米国が国連憲章違反を犯していいことにはならない。

 第2に、その目的を達成するための手段が無謀である。“除去”とは、(1)フセインが脅しに屈して自発的に亡命する、(2)内部からクーデタが起きて殺されるか国外に逃亡する、(3)空爆で爆殺する、(4)米地上軍がバグダッドを制圧して逮捕もしくは殺害する──などだが、(1)は米国が未だに強く期待しているものの可能性は絶無であり、(2)と(3)も可能性は薄く、結局(4)しかありえまい。米国は、緒戦で激しい空爆を浴びせただけで防空網も通信網もズタズタになり、イラク軍はたちまち戦意を失って散り散りになるので、首都侵攻は難しくないと考えているかのようである。が、バグダッドは500万の人口を抱える大都市で、その入り組んだ街路を駆使して市街戦を展開する共和国防衛隊を中心とする10万の精鋭部隊を相手に、一般市民に無用の犠牲を出さずに、自軍にも死傷者を出さずに、攻め入るのは恐ろしく大変である。しかも、米地上軍の主力として北部国境から侵入するはずのハイテク装備の第4歩兵師団6万は、トルコが通過許可を出さないため、装備はトルコ沖で、人員はテキサス州の本拠地で、足止めを食ったままであり、今から他のルートで上陸させようとしても開戦にはとうてい間に合いそうもない。さらに、相当の死傷者を出す激戦の末に市内のあちこちにある大統領宮殿の扉を片端から蹴破ったとして、そのどこかにフセインがじっと座って米軍の来訪を待っているかどうかは保証の限りではない。そう考えると、独立国の指導者を“除去”するという目的そのものの不法性を別にしても、その目的を達成する手段として30万の軍隊を送り込むことが果たして正気の沙汰なのかどうかが問われることになる。

 第3に、フセインさえ“除去”すればイラクが大量破壊兵器を持つことによる危険が消えるという想定が無謀である。イラクが大量破壊兵器を持ったのは、元々その技術を供与したのが米国だったという問題は別にしても、隣国イランや核保有国イスラエルの脅威があるからで、パレスチナ問題を含めて中東地域全体の平和秩序の構築を進める以外に根本的な解決の道はない。

 第4に、政治的・外交的な支持を取り付けないままの軍事力行使は無謀である。軍事は政治・外交の延長であり、国内の政治的支持が固まらず、国際世論を味方にする外交的努力も失敗したというのに、それでも戦争をやってしまうというのは無茶苦茶で、必ず政治的・外交的にしっぺ返しを食らう。空爆と市街戦で一般市民の犠牲者多数出ることは避けられず、また米地上部隊の死傷者も相当の数に上るだろう。イラクは戦争の非道性を訴える映像を世界に流すだろうし、アラブはじめ仏独露などのテレビはためらうことなくそれを大々的に報道するに違いないので、米国が湾岸戦争の時のように報道管制し情報操作しようとしても巧く行かず、米国内でも世界各地でも反戦行動が一層激しくなる。仮にフセインの“除去”に成功したとしても、米軍は長期に占領体制をとらなければならないので、その間に米占領軍に対するテロが起こることは避けられず、そうなればますます世論が厳しくなる。下手をすると、イラクに“民主的”な体制が出来る以前に、ブッシュは再選に失敗し、ブレアも政権を失うという事態を招きかねない。

 第5に、ブッシュ政権がろくな経済発展戦略を持たないまま、もっぱら“戦争経済”に頼って景気を維持しているのは無謀である。双子の赤字の大復活がすでに見えている中でドル安が一段と進行し、世界から米国にマネーが環流する“帝国循環”が細り始めている。

 こうして、不正選挙で大統領の座をかすめ取ったブッシュの下、傲慢に溺れて暴走する唯一超大国は自家中毒的な症状を露わにしながら緩やかに崩壊に向かうことになる。

(written by 高野孟/i-NSIDER 3月17日号より転載)

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