農と言える日本・通信 No.36  2000-10-04      高野 孟

●牛乳って何だ?(その2)


A──牛乳の分類……まぎらわしさの歴史

 前回に、「牛乳」と「加工乳」の違いについて述べましたが、もう一度整理しておきましょう。われわれが牛乳もしくは牛乳風の飲料として飲んでいるものには下記の3種類があります。なお、生乳(搾ったままの牛の乳)および牛乳(下記(1)のように生乳を処理したもの)の一般的組成は、こうです。ま、ほとんど水ってことなんですが、それ以外の成分構成とその原料で種類が分かれます。
 
        |─水分(88.6)                |─蛋白質(2.9)
牛乳(100.0)─|            |─脂質(3.3)     |─糖質 (4.5)
        |─全固形分(11.4)─|            |─無機質=灰分(0.7)
                  |─無脂乳固形分(8.1)─|─カルシウム
                               |─ビタミンなど

(1)牛乳

 生乳に、他の物を加えることなく、加熱殺菌などの衛生的処理を施したもの。無脂乳固形分8.0%以上、乳脂肪分3.0%以上と乳等省令(乳及び乳製品の成分規格等に関する省令)で定められているが、近年は実際には乳脂肪分3.5%以上が普通である。

「牛乳」「成分無調整牛乳」などと表示され、殺菌方法を明示することが義務づけられている。

「成分無調整牛乳」とは、「製造工程において脂肪の標準化を行わないもの」で、各地の生産者から集まった生乳をブレンドして脂肪値を均一化する、大手メーカーなどが品質を一定にするために普通やっている作業をしていないという意味である。逆に、最近よくある「3.6牛乳」といった商品名は、脂肪分を3.6%に標準化してある製品である。

(2)加工乳

 生乳・牛乳に、水、脱脂乳、粉乳、濃縮乳、無塩バター、クリームなど「乳成分以外の成分を含まない乳製品」を原料として混入したもの。「乳成分以外を含まない」とは、元々生乳に入っていてそこから取り出した成分しか混ぜてはいけないという意味で、例えば有塩バターは塩が入っているからダメだし、加糖練乳は砂糖が入っているからダメ。昔はヤシ脂を混ぜるなんてことが平気で行われていたため反対運動が巻き起こり、73年の乳等省令改正で乳成分以外を加えることが禁止になった。それに伴って、一時隆盛を誇ったビタミン・ミネラル添加の加工乳も「加工乳」と名乗ることができなくなり、「乳飲料」に格下げ(?)されて存続している。加工乳には殺菌方法の表示義務はない。

 無脂乳固形分8.0%以上だが、乳脂肪分については規格がない。商品名としては、「特選牛乳」「濃厚牛乳」「低脂肪乳」などで、これまでは、無脂乳固形分が8.0%以上であるのは当然として、乳脂肪分も3.0%以上と「牛乳」なみに入っていれば「○○牛乳」と称することが許されたが、99年の省令改正で今年末からは「生乳50%以上」でないと「牛乳」と表示してはいけないことになった。ということは、今までは生乳が半分以下しか入っていないものも「牛乳」と称して売られていたということである。

(3)乳飲料

 生乳・牛乳に乳製品以外の原料を混ぜたもの。コーヒー、果汁などを混ぜて風味を加えた「コーヒー乳飲料」「フルーツ乳飲料」、カルシウム、ビタミン、ミネラルなどを加えて栄養を補強した「栄養強化牛乳」、乳糖をあらかじめ分解して下痢をしないようにした「乳糖分解乳」などで、 乳固形成分3.0%以上と定められている。

 68年以前は、どんな中身でも「コーヒー牛乳」などと表示されていたが、同年の公正競争規約で、無脂乳固形分8.0%以上、乳脂肪分3.0%以上の規格を満たしていないものは「牛乳」を名乗ることができなくなり、「コーヒー乳飲料」と表示するようになった。その規格を満たしていれば「コーヒー牛乳」だが、だからといって生乳・牛乳がどれくらい入っているかは定かでない。あるいは、乳糖分解したものは酵素という異物を加えているので乳飲料だが、「雪印アルカディ牛乳」のように、牛乳並みの成分規格を満たしているものは「牛乳」と表示される。しかし成分がそうであるということで、生乳・牛乳と、例えば水で溶いた粉乳にバターを加えたものとの比率がどのくらいかは分からない。

 今回の省令改正で今年末から「生乳50%以上」でないと「牛乳」と表示できないことになった。さらにしかし、それでも生乳が50%なのか90%なのかは分からない。

 ちなみに、先日函館空港で飲んだ地場の「コーヒー牛乳」は「牛乳92%」と明示していた。これなら安心・納得できるので、全部がこのように中身を明示すれば問題ないのではないか。

 ──頭が混乱してしまいますが(そりゃあ当然で、消費者の頭を混乱させて偽物と本物の区別がまぎらわしくなるように役所と大メーカーと御用学者が結託して規則を作っていて、事件が起きたり消費者が勉強して追及し始めると少し改訂するということの繰り返しですからね)、本を5冊くらい読んで、ホームページを10カ所くらい検索して、何とか私なりに整理すると、こういうことのようです。
 
 
68年以前 どんな中身でも平気で「○○牛乳」として売られていた。
68年以降 「無脂乳固形分8.0%以上、乳脂肪分3.0%以上」でないと「牛乳」と名乗れなくなったが、例えばヤシ脂を加えて脂肪分を3.0%以上にしても構わなかった。
73年以降 「乳成分以外のもの」を混ぜてはいけないことになったが、「牛乳並みの成分」が含まれていれば(原料は粉乳、クリームその他でも)「牛乳」として売られた。「牛乳並みの成分」が含まれていない加工乳は、例えば「加工乳」とか「低脂肪乳」(牛乳とは書いてない!)とか表示されて売られている。ちなみにこの低脂肪乳にカルシウムを添加したものは、「乳成分以外のもの」を入れているので乳飲料で、「Ca低脂肪」(乳とも書いてない!)といった表示で売られていてまぎらわしい。
今年末以降 加工乳や乳飲料のうち原料として生乳が50%以上のものだけは「牛乳」と名乗っていいことになる。

B──殺菌方法をめぐる論争

 さてそこで、(2)加工乳や(3)乳飲料はいろいろ混ぜているので怪しいから、(1)牛乳なら大丈夫ということになるのかどうか。そこで20年も前から盛んに論争が行われてきたのは、「低温殺菌」か「超高温滅菌」かという問題です。

(1)パストゥール殺菌(パストゥリゼーション)

 昔は搾った生乳をそのまま飲んでいて、牛乳は「万病のもと」だった。マルタ熱、牛結核、炭疽病、口蹄病、Q熱、猩紅熱、ジフテリーなどの牛乳性流行病があり、また牛乳を扱う人が腸チフスや赤痢に罹っているとその伝染経路にもなった。これら牛乳が直接・間接に原因する病気は100種類にも及び、防疫上の大問題だった。

 19世紀になって細菌学が急速に進歩する中で、フランスの細菌学者パストゥールは、ワインの変質の原因が雑菌であることを突き止め、摂氏60〜85度で加熱することにより、ワインの風味を損なうことなく雑菌を死滅させることが出来ることを発見した。これを応用してデンマークで1885年に、牛乳を65度で30分間加熱して主に牛結核菌を死滅させる方法が開発され、これが「パストゥール処理」「低温殺菌」と呼ばれて今日まで用いられている牛乳殺菌の基本である。

 日本の乳等省令でも、牛乳はもちろん、部分脱脂乳(低脂肪乳)、脱脂乳、加工乳とも「62〜65度30分またはこれと同等以上の殺菌効果を有する方法で加熱殺菌」が義務づけられている。

 蛇足ながら、乳等省令では「生乳」はもちろん殺菌が義務づけられていないが、もう1つ「特別牛乳」というのがあって、これだけは「62〜65度30分加熱のみ。殺菌を省略してもよい」と定められている。特別牛乳とは何かというと、絞りたての生乳をその場で無殺菌もしくはパストゥール低温処理して容器に詰めたもので、実際には雪印乳業のモデル観光牧場「こどもの国」や宮内庁御料牧場のほか全国数カ所でしか作られていない。天皇陛下は低温処理のものを毎日届けさせて飲んでいるのに、なぜシモジモのわれわれは高温処理なんだ、という素朴な疑念が湧くゆえんである。

 1932年にダールベルグという人が、72度15秒の加熱でも同じ殺菌効果が得られることを明らかにし、この方が効率がいいということで盛んに用いられるようになった。65度30分を低温長時間(low-temperature long-time=LTLT)と呼ぶのに対して、新方式は高温短時間(high-temperature short-time=HTST)と呼ばれたが、つまりパストゥリゼーションの中にその2方式があるということである。

(2)超高温滅菌法

 当時、牛乳を長距離輸送したり、長期間保存したりするために用いられていたのは「瓶詰高圧滅菌」法で、これは瓶詰めした牛乳を、沸騰を避けるために高圧の釜に入れて110〜120度で10〜30分加熱するやり方で、これだとほどんどすべての菌が死滅する(滅菌=ステリライゼーション)ものの、牛乳の成分は変質・分解し、色も変わって臭いもおかしくなった。これでは、それでも仕方がない特殊な場合以外に使い道はない。

 なお「殺菌」と「滅菌」という日本語が紛らわしいが、前者は主な有害菌だけ殺すことで「減菌」のほうが本当の意味に近く、後者はほぼ全部の菌を殺すことで「無菌」といったほうが適切である。

 ところがやがて、135〜150度で1〜2秒加熱することで、伝統的な瓶詰高圧滅菌と同じ程度の滅菌効果をあげながら品質や風味をパストゥリゼーションにかなり近いものに出来るようになった。これは超高温(ultra-high-temperature=UHT)滅菌と呼ばれ、生乳に直接に高圧蒸気を触れさせる方法と、ステンレスの板やチューブを隔てて間接的に熱交換させる方法とがある。

 日本には1957年に森永乳業が、その2年前の砒素ミルク事件からの立ち直りを賭けて、東京新工場に間接法の設備を導入したのが最初で、折からの牛乳大量消費時代にぴったりの効率的な方法として他社も競って導入した。さらにその後スウェーデンで、内面にポリエチレン塗布、中心にアルミ箔、外側に紙を使った紙パック容器が開発され、UHT処理した牛乳を直ちに無菌充填すると、無菌・無酸素・光遮断(アルミ箔が紫外線を遮断するので品質劣化が起きにくい)の状態で常温でも3カ月程度保存が可能ということになり、国際基準ではそれらの条件を満たすものをUHTと言っている。これにより牛乳の大量生産・大量流通が可能になった。

 ところがややこしいのは、今では日本の牛乳の9割以上が、120〜130度2秒で加熱して紙パック詰めされて売られていて、これは一応、UHT牛乳ということになっているが、国際基準ではUHTとは認められておらず、パストゥリゼーションの一種とみなされている。120〜130度は、本来のUHTの温度よりやや低いものの、ほぼそれに近い温度を達成しているのに、なぜ国際基準に合致しないかというと、日本では無菌充填が行われておらず、また紙パックの壁にアルミ箔を使わないので紫外線が遮断されず、常温で1カ月程度しか保存がきかないためである。

 このため日本の業界では、これを「UHT殺菌法」と呼んでいる(つまりパストゥリゼーションの一種であることを暗に認めている)。国際基準と同じ「UHT滅菌法」で作られる製品は「ロングライフ(LL)牛乳」と呼ばれ、80年代にはなぜかもてはやされたが、今は山間僻地用や遠洋航海用に飲用牛乳全体の0.5%程度が生産されているだけである。このように、日本のUHTが日本独自の方式であることが、この問題をめぐる論争を混乱させる一因となった。(以下、次号)▲