農と言える日本・通信 No.58  2002-08-12      高野 孟



●藤本敏夫の死を悔やむ

 7月31日午後3時、藤本敏夫が、肺癌に肺炎を併発して東京・虎ノ門病院で息を引き取りました。3年前に大腸癌を手術して、元気で酒も飲んで経過はよさそうだったのですが、その後、肝臓に転移して昨年夏に肝臓を半分切除、なお放射線治療を続けた甲斐もなく、最近肺に転移
し、前日肺炎を併発。そう告げられてからわずか17時間後のあっけない最後でした。

 遺体は、その日のうちに千葉県・鴨川自然王国の藤本宅に安置され、8月1日にお通夜、2日に密葬が執り行われ、突然の訃報にも関わらず、堂本暁子県知事はじめ多くの友人・知人の方々が山奥まで駆けつけてくれました。私は「サンデー・プロジェクト」の取材のため韓国訪問中で列席できませんでしたが、鴨川の半定住者で王国の棚田トラスト事務局長、T&T研究所主任研究員の田中正治さんはメールで次のように様子を知らせてくれました。

「人の死は、特に親近者や友人の死は、自分の生き様を死者との対話によって映し出さす鏡であるといつも思い知らされます。

 パートナーの加藤登紀子さんは、藤本さんの時代感覚の鋭さと一面での弱さをよく見ていて、藤本さんがやっていた思いを引き継ぐ意志を明確にしました。ひとつひとつ選んではなす言葉は、彼女の歌のメッセージそのもの。加藤さんの後ろでそれを聞いておられた病弱のお母様、その
時だけは、背筋を伸ばし自分の息子に対するその妻による評価を一言ももらすまいとするかのようにかっと目を見開いておられました。わが子に先立たれるのは、きっと我が身を切り裂かれる
よりつらいでしょうに、涙ひとつ見せず気丈夫な方なのです。

 志半ばで倒れたとはいえ、藤本さんの人生は、やりたいことをやってきた人生であった、本望ではなっかたか、と僕は思います。演説と人々のネットワーキングに天才的ともいえる能力を発揮したといっても過言ではないでしょう」

 急な葬儀で駆けつけることが出来なかった方も多いかと思いますが、8月10〜11日の土日は王国&トラストの「草取り」集合日ですので、いつも通り集まって作業をした上で、藤本にお参りをして、夕食時に彼の冥福を祈る献杯をしたいと思いますので、常連の皆さん、一度は鴨川を訪れたことがあるという皆さん、出来るだけ多数お集まり下さるようお願いします。また、東京では18日午後1時より青山葬儀場で「お別れ会」が行われますので、ご参加頂きたいと思います。
私は今週、取材のためアメリカ旅行で、土曜日午後に成田空港に帰着後、そのまま鴨川の「草取り」集合に参加します。また18日は今度は内モンゴル旅行中で、このツァーの企画・引率の責を負っているため抜けられないので、まことに失礼ながら欠席させて頂きます。10日の夜、鴨川でお集まりの皆さんと吹き抜ける風のようだった彼の思い出を語り合いたいと思います。

 同志──という言葉も古いですが、同じことを志して一緒に考えたり行動したりするのがそれであるとすれば、学生運動の時代から(大学も党派もかけ離れていたものの、それぞれすでに全国ブランドで活動していたので)お互いに遠目で見知って一目置き合っていたような関係から始まって、特に最近の10年弱の間は、昭和19年生まれの「一休会」をつくって「このまま仕事、仕事で還暦を迎えていいのか」「人生二毛作、このへんでちょっと一休みして別のことを考えなくちゃ」というようなことを語り合ったのがきっかけで、彼の誘いで帯広の牧場で馬に乗ったり、鴨川の農場で田植えをしたりするようになって、私の人生もすっかり様変わりしてしまったのですから、彼こそ我が同志なのでした。最近の病状を見て、密かに覚悟はしていたものの、まだ半年や1年の時間があって、そのあいだに将来に向けてのいろいろな仕掛けや布石をつくろうとしていただけに、余りにもたくさんのことが心残りで、まだ呆然とも言える戸惑いから立ち直ることが出来ないでいます。

 彼の遺言は、絶筆となった『現代農業・増刊』8月号「青年帰農」特集(農文協刊)に掲載されています。彼と少しでも触れ合ったすべての方に読んで頂きたいので、ここで変に要約を記すつもりはありません。「21世紀、日本人はすべからく“農的生活”を」と語り続け、中高年の「定年帰農」をもっと大きな社会的な流れにするために死の直前まで痛む体にむち打って人に会い会議を招集していた彼が、中高年だけでなく学生や大学を出たての若い人たちのあいだにも「青年帰農」の志向が広がってきたことを、どれほど喜んでこの雑誌のインタビューに応じたか。その彼の希望の確かさをこの稿から読みとって頂きたいと思います。また、私が帯広や鴨川に通い始めた頃に彼と語り合ったことの一端は、高野個人ホームページの「農牧的生活を求めて」の中に収録してありますのでご参照下さい。

 藤本よ、安らかに──と言いたいところですが、そんな決まり文句は彼には不要でしょう。人間、死んでしまえばお終いですよ。バカだね、簡単に死んで。残された者への迷惑も考えて貰いたいよ、まったく。アジリまくって人を巻き込んで人生を狂わせるのはあなたの得意芸だから、仕方がないけど、最後までこれじゃあねえ。さようなら。▲