農と言える日本・通信 No.60  2002-10-09      高野 孟


子どものからだがおかしい!

──その2=足の裏は人間の万華鏡

 前号について「こんなことになっているとは……」などいろいろ感想が寄せられた中で、「あんな狭い足の裏が、立ったり走ったり飛び跳ねたりするのを支えているって、考えてみたら凄いですね」という声もあったので、文末で「さあ、どうしたらいいのでしょうか」と書きましたが、あまり結論を急がずに、このあたりのことをもう少し探求してみたいと思います。こういうことにひとたび興味を持つと、1日に3〜5冊も本を読み漁り、ウェブを検索しまくって、3日も経つといっぱしの専門家のような顔をしてしゃべるというのが私共の職業上の性(さが)ですので、いま目の前に山ほどの資料が積まれていますが、その中では、平沢彌一郎『足の裏は語る』(筑摩書房、1991年)、須山淳子『フットケアのすべて』(フレグランスジャーナル社、1999年)、トンプソン/フロイド『身体運動の機能解剖』(医道の日本社、改訂版、2002年)などが参考になります。

■足の持つ“重み”

 前号で引用した野口整体の野口晴哉大先生は、足の裏の3点で支えられている体重が動作によってどのように変化するかを調べる「体重配分計」を開発して、そのデータを骨盤=腸骨の伸縮と関連づけながら、人間の“体癖”に12の基本パターンがあることを解明、それに応じた整体体操を編み出しました。それに対して、現在は東工大名誉教授である平沢医博は、運動神経生理学の専門領域から、足の裏を前と中と後及びそのそれぞれの左右の6パートに分けて、人間の肉体的動作だけではなく感情的起伏までもがどう反映するかを測る「ピドスコープ(接地足底投影装置)」を苦心惨憺して作り上げ、内外40万人の足を見つめ続けた、まさに“足の裏博士”として、国際的にも知られています。

 彼によると「ピドスコープの上に立つと、その人の足の裏が手に取るようによく見える。じっと覗き込んでいると、形はもとより、色や動きまでが、次々に変わっていく。まるで万華鏡を覗いているようである。笑えば、足の裏の表情も一変する。クシャミをすれば、足の裏も奇妙な動きを見せる。ご機嫌の悪い時や、不安な時には、土踏まずの周辺が、小刻みに揺れる。また、興奮したりする時には、10本の指が異常に硬直したり、あるいは、不気味なほどてんでんばらばらに動き出す」。こうなると、ほとんど神秘ですね。

 それを神秘にしておかずに、足の裏(および手の平)のそれぞれのツボが内臓はじめ全身のさまざまな部位と繋がっていることを解明して、それを刺激することで病気を防いだり治したりするのが中国の3000年の歴史を持つ「足部反射区保健按摩」で、米英などではreflexology(反射学)と呼ばれて国際的な学会も出来ています。この実践的な形が、東京あたりでも大流行の「足裏マッサージ」で、私も先日、北京で2度行きましたが、北京で盛んなのは、最初に10分間、足を薬湯に浸けてからオイルをつけてマッサージする“山東式”。ほかに、薬湯は用いない“上海式”、オイルも乳剤も使わないで指で押すだけの“天津式”など、いろいろあるようです。が、これはまたちょっと別問題なので、次の機会に譲ります。しかし例えば、平沢博士が「機嫌が悪かったり不安だったりすると、土踏まずの周辺が小刻みに揺れる」と観察しているのは、反射学では、土踏まずの中程から拇趾(同じユビでも運動生理学では手は指、足は趾と書きます)のほうに向かって十二指腸、膵臓、胃のツボが並んでいるので、そこにストレスがかかっているのが表れるのかもしれません。

 さて、足の裏は狭い。どのくらい狭いかというと、平沢によれば、日本人の成人の体表面積2万6125平方センチに対して足の裏は両足を合わせてその約2%だから、500平方センチ程度にすぎません。「そんな狭い足の裏に全身の力がかかり、しかもすべての動作に対応しなければならない」ので、足の裏の数え切れないほどたくさんの細かいヒダとその谷間、足紋とその隙間など月面のように複雑な地形もそのために役目を果たしているのだと言います。

 それだけの狭さで全身を支え、激しく運動するのですから、足は相当、頑丈に出来ています。フロイド/トンプソンによると、片足は26個の骨、19の大きな筋肉、多数の内在性の小さな筋肉、そして100以上の靱帯によって構成されています。ドイツ式フットケアを日本で流行らせた先駆者の1人でフットケア専門サロン「JUNインターナショナル」を主宰する須山さんは、足の骨を28個と数えていますが、これは、拇趾の裏側の付け根に並ぶ「種子骨」と呼ばれる小さな豆のような骨を加えているためです。これは、歩くたびに足の後ろから前に体重がスムーズに送られるよう滑車の役目を果たしている大事な骨なので、小さくても無視しないでちゃんと数え上げたということでしょう。全身の骨は208個なので、そのうち56個ということは27%が足に集中していることになります。つまり身体の中で最も複雑な骨の構造を持っているわけです。

 踵(かかと)周辺の後足部は、下腿の中心である脛骨と接する「距骨」と、まさに踵である「踵骨(しょうこつ)」からなります。それに接する中足部は、舟状骨、立方骨、3つの楔状骨などからなります。その先は前足部で、足の甲に隠れている5本の中足骨、それから手指と同じく拇趾は2本、他の趾は各3本が関節で繋がっています。ちなみに、これはよく知られていることですが、人間の大祖先はお魚で、それも、ほとんどの魚類は鰭(ひれ)の骨が平行であるのに対し、肺魚やシーラカンスの類である硬骨魚類はそれぞれ一対の胸鰭(ひれ)と腹鰭の骨が放射状になっていて、それが4億年前に陸に上がって両生類に進化したのが始まりですから、我々の手足の構造はその放射状の鰭に由来しているのだと言われています。

 それら28個の骨は100以上もの靱帯で結びつけられています。さらに、膝から足首までの下腿には、頸骨と腓骨にまつわって20の強力な筋肉があり、その中でも特に大きい下腿三頭筋(大腿骨下部から始まる腓腹筋と脛骨・腓骨上部から始まるヒラメ筋)がアキレス腱を通じてカカトの踵骨まで繋がっているのをはじめ、すべてが足の骨のどこかに結びついており、中には下腿から足首を超えて遙かに足の趾先にまで細長く腱を延ばしているものもあります。例えば、脛の前面やや外側を脛骨と腓骨に沿って走る長趾伸筋という筋肉は、足の拇趾を除く他の4本の趾の先端まで繋がっていて、足首を曲げたり、外反したり(外側にねじること)、その4本の趾を延ばしたりする時には、その筋肉が連動します。

 そのようにして、足では、骨、筋肉、靱帯、下腿筋肉から伸びる腱が、得も言われぬ1つの有機的な構造をなして、荷重や衝撃に耐えるばかりでなく複雑な運動を力強く推進することが出来るようになっているのです。子どもはもちろんおとなの健康や運動能力を考える場合も、足が果たしている役割の重さを正しく認識する必要があると思います。

■3つのアーチ

 さて、野口大先生の言うように、足は踵(A)、拇趾の付け根(B)、小趾側の付け根(c)の3点で支えられているわけですが、その3点間はそれぞれ弓なりのアーチをなしているのが“正しい”足の骨格です。(A)から(B)が内側縦アーチ、(A)から(c)が外側縦アーチ、(B)から(c)が横アーチ。「扁平足」は、内側縦アーチが高さを維持できずに足底が平らになることですが、その時には外側縦アーチも横アーチも落ちています。

 アーチはショック・アブソーバーで、歩いたり走ったり飛び降りした時に柔らかく上下して衝撃を吸収する役目を果たしています。ところが不思議なことに、立っていて体重がかかりっぱなしになった時には、それ以上落ちて型くずれすることがないので、何時間でも立ち続けることができます。

 アーチの高さは「個人差があり、低いアーチの人が[運動能力的に]不利だとは限りません」(トンプソン/フロイド)。しかし、アーチがほとんどもしくは完全に潰れた扁平足は「特に病気というほどのものではないのですが、長時間立ったり歩いたりすると疲れやすかったり、足の裏に痛みを感じたりしやすくなります」(須山)。また「凹足」と言って、扁平足とは逆に縦のアーチが高すぎて、内側の土踏まずだけではなく外側縦アーチの部分も接地できずに浮いてしまうケースもあり、これも特に病気ではないが足の裏の筋肉がつりやすかったり、靴を履くと甲が当たって痛くなったりします。高すぎず低すぎず、ほどほどがいいということです。

 病的と言っていい足の型くずれのケースはいくつかあって、その第1は「開張足」。横アーチが正しく形成されていれば、5本の中足骨は丸くカーブを描いて、第2、第3、第4趾の中足骨は上に浮いているはずですが、それが骨ごと落ちてしまい、5本の中足骨が横1列に並んだり、逆に反り返ってしまった状態を開張足と言います。「その部分にクッションとしての役目がなくなって、上からの衝撃をまともに受けてしまうので、足の裏が痛くなったり、立っていてすぐに疲れたりします。「最近の子どもは長い間立っていられない、立っていても落ち着きがない、すぐ疲れてしまうという話を耳にしますが……子どもも含めて開張足が増えているのではないでしょうか」(須山)。

 第2はよく言われる「外反母趾」ですが、これは開張足と直接の関係があります。「横アーチが低下することで、5本の中足骨は手の指を広げた時のように扇状に横へ広がります。すると本来はまっすぐだった第1中足骨は内反し(内側を向く)、足の幅も本来より広くなります。本当ならば拇趾の骨は第1中足骨の延長にあるものが、靴を履いて横から圧迫され、今度は趾の骨が曲がる(外反する)、これが外反母趾です」(須山)。外反とは、外側に捻れるように曲がることで、それと同時に趾全体は第2関節から内側に(爪先がすぼまるように「く」の字に)屈折して、ひどくなれば歩行さえ困難になります。外反母趾は以前はよく「ハイヒール病」と言われ、先細りの靴を履くことが原因とされましたが、それはむしろ結果であって、本当の原因は、子どもの頃から成長期に足の筋力をつける運動がなされなかったために筋力や関節が弱く、横アーチが低くなったり開張足になったり、第1中足骨が内反気味になったりして、靴の影響を受けやすくなっていることにあるのです。また逆に、小趾が内側に捻り曲がる「内反小趾」も、原因は同じです。

 第3に「外反踵骨」で、最近目立って増えていると言います。踵骨が後ろから見ると「ハ」の字型に開いて、足首が内側に傾いてしまう症状で、そうなると、内側縦アーチ(土踏まず)はへこんでいても体重がかかると扁平足になり、その結果、立ったり歩いたりする時のバランスが悪く、足の裏や膝に痛みが生じ、また中足部の舟状骨あたりに不自然な力がかかってボコッと出っ張って痛みに襲われます。踵骨は4〜5歳までに骨として形成されるので、この時期までに踵部分がフニャフニャの靴を履いていたり、歩き方の癖を放っておいたりすると、踵骨が曲がったまま固まってしまうのです。学校で履く室内履きと言われる布製の靴はダメで、特に子どもから成長期にかけては踵部分が硬くてしっかりと踵を包んで固定してくれる靴を履かせなければなりません。「よく若い人が靴の踵を潰して履いていたりしますが言語道断」(須山)です。また逆に、踵骨が内側に捻れている「内反踵骨」もあり、これはO脚の原因になったり、ねんざしやすくなったりします。

■皮膚のトラブル

 このほか、足の裏の皮膚のトラブルとして「タコ・ウオノメ」や「ミズムシ」があります。タコ(皮膚の表面の角質層が硬く厚くなる)もウオノメ(角質層に芯が出来て皮膚の中に伸びて神経を刺激する)も、立ち方・歩き方のバランスが悪く局所に集中的に強い力がかかることによって出来るもので、出来やすいのは、第2・第3趾の付け根(開張足で横アーチが落ちているためで女性に多い──ハイヒールを履くとそこに余計に不自然な力がかかるので)、小趾の付け根(O脚や外反母趾で外側に体重がかかる)、拇趾(歩き方が悪く拇趾でしっかり蹴ってスムーズに体重移動が出来ず、そこに体重がかかりすぎる)などです。

 「ミズムシ」は、角質層の主成分であるケラチンという蛋白質を好む“白癬菌”などのカビがとりついて、皮膚をボロボロにしたり、趾間がただれたり、爪(これも角質層が発達して硬くなったもの)を破壊したりするもので、最近は女性や子どもにも増えていると言います。

 いずれも、医師やフットケア専門家による治療・施療が必要ですが、普段から清潔・乾燥を心がけ、またマッサージや市販の角質落とし用の軽石・ヤスリなどで足の裏を柔らかく滑らかに保つことが、皮膚のトラブル予防だけでなく、足の裏の感覚を鋭敏にして運動能力を高めるためにも大事です。例えばプロ・ゴルファーはグリーンに上がると、傾斜はもちろんのこと、地面の柔らかさや芝の状態まで足の裏で感じ取るといいますが、角質ゴワゴワ、皮膚カサカサ、水虫ジクジクというような不健康な足でそんなことが出来るわけもないのです。

 こうしてみると、足は体の根本であり、動作の起点です。子どもの頃から「しっかりした美しい足を作る」ようにしなければ、子どもの体の再建はありえませんが、それにはまず親や教師や医師が自分の足に関心と意識を注ぎ、学校の身体検査でもまず足のチェックから始めるような環境作りがなければならないでしょう。次回は「歩き方と靴」のお話しに進みましょう。▲