農と言える日本・通信 No.32  2000-08-03               高野 孟

■乗馬を楽しむために[十勝牧場暮らしエンジョイ教本・その1]


 この注意書きは乗馬に興味がない方には関係がないのですが、本通信送付先の皆さんの中にモンゴル旅行の時に野外乗馬して病みつきになった方や、それが機縁で8月に帯広牧場遊びに参加しようという方もいるし、他にも「やってみたい」と思っている方がいるかもしれないので──あ、それから鴨川自然王国でも馬を飼いたいという話も出ているので、一応の基礎知識をまとめておきます。逆に、送付先の中には馬のベテランが何人もいらっしゃって、その方々には今更こんなものを送りつけて申し訳ありません。無視して頂くか、お暇があれば間違いを直したり補足して頂ければ幸いです。
[本稿を補足・訂正・拡充したものが、「野外乗馬の楽しみ」の中に「野外乗馬読本・初級編」として載せてあるので、そちらを参照してください。]


 大自然の中で馬に乗るのはまたとない楽しみです。が、なにせ相手は話の通じない生き物であり、しかもわれわれは整備された馬場ではなくて何が起きるか分からない野外で乗るわけですから、いろいろ危険もつきまといます。以下の注意点をよく頭に入れた上で、あくまでも自己責任で参加してして下さい。

(1)最低限の基礎知識を

 乗馬の入門書を少なくとも1冊は読んでおく。乗馬の本を置いてある本屋 は少ないが、八重洲ブックセンター地下のスポーツ・コーナーに若干常備されてい る。また「楽天市場」の中に「馬の本」専門のオンライン書店がある(http://www.rakuten.co.jp/u mabooks/all.html)。

 いま私の手元にある内の1冊は村上捷治『乗馬ブック』(山海堂)で、図や写 真がていねいに挿入されていて分かりやすい。

 また馬のこと全般を知るには、原田俊治『馬のすべてがわかる本』(PHP文庫)が読み物としてもなかなか面白くて為になる。

 雑誌では、隔月刊の『乗馬ライフ』がお勧め(高野の「十勝森林警備隊“馬”日記」も連載中、同誌のウェブはhttp://www2.oceanlife.co.jp/johba/ )。

(2)シンプルで動きやすい服装を

 服装は特別のものは要らず、シンプルで動きやすいものならOK。ヒラヒラしたものやジャラジャラと音のするものは避ける(乗降の際に引っかかって危ないし、馬が驚く)。荷物は腰に巻くポーチ程度(肩から掛けるバッグやリュックサックは紐が引っかかるし、揺れるとバタバタしてバランスを崩す原因になる)。

●ヘルメットもしくは帽子
 落ちたり蹴られたりして頭を打つと重大事故につながるので、必ず用意する。国際規格のビロード張りの乗馬用ヘルメット(猟騎帽)がベストで、本格的・継続的にやりたいなら購入をお勧めする(アウトドアショップ「AIGLE(エーグル)」=原宿、横浜元町など=のフランス製が定番で8000〜1万円程度だったかな)。しつけのうるさい乗馬クラブではヘルメットを着けないと馬場にも馬房にも入れないほど。ウェスタン系のクラブでは皆さん革製のテンガロンハットを被る。帯広で乗るにはこの方が似合うが、安全性はもちろんヘルメットが遙かに高い(エーグル日本のウェブサ イトはhttp://www.yamatointr.co.jp/AIGLE-HP/aigle.htmlだが、ヘルメットなど乗馬用品は載せていないようだ。店には置いてあるか取り寄せ可能だが、まあ需要が少ないんでしょう)。野球帽のようなものでもないよりかマシだが、必ずストラップをつける。帽子が飛んで後ろの馬の顔に当たったりすると思わぬ事故につながる。

●眼鏡・サングラス・ゴーグル
 眼鏡やサングラスは、飛ばないようストラップを付ける。ゴーグルは、木の枝などから目を守り、冬は雪や冷気を防ぐのに便利。乗馬用・サイクリング用の軽いプラスチック製で、薄く色がついてサングラスになっているのが使いやすい(1500円程度)。

●カメラ・双眼鏡
 首の前にブラブラ下げているのは危険。落ちたときにカメラの紐が鞍に引っかかって首を引きずられたり、カメラが跳ねて鞍に当たって壊れたりすることがある。チャックの付いた胸ポケットなどに入れるようにする。

●軍手もしくはアウトドア用の皮手袋
 手綱の摩擦や雨天の時の滑り、藪や木の枝による傷、落ちた時の怪我、日焼け等々を防止する。 米Berlinブランドの鹿皮手袋は最高(4500円くらいでどこのアウトドアショップにもある)だが、軍手でも充分。

●長袖シャツ
 藪や木の枝による傷、落ちた時の怪我、日焼け等々を防止するためには長袖シャツで、腕まくりもしないほうがいい。

●ズボン
 乗馬用のキュロットが、ダブつかず伸縮性もあり、内股部分が補強してあってベストだがジーパンや綿パンツなど地が厚くて摩擦に強いものなら問題ない。

●靴
 乗馬用の長靴がベストで、上述Aigleブランドが有名。革製とゴム製があるが、野外や馬房掃除などにはゴム製が便利(1万5000〜8000円くらいする)。しかし旅先に持ち歩くには 嵩張って不便なので、私はショート・ブーツと乗馬用の革製脚絆(ハーフチャプスと言って、膝下から足首までを覆う。7000円から1万5000円くらい)を愛用している。別にジーパンなら(ふくらはぎが馬の腹やアブミの革紐に当たって擦れても痛くないので)スニーカーでも大丈夫。余り幅の広い靴、底がやたらに 凸凹している登山靴などは、アブミに入りにくく抜けにくいので危ない。

●レインウェア
 遠出をする場合は、防雨・防寒用のウェアを持つ。ゴルフ用や一般アウトドア 用のものでOK。ダブダブ・ヒラヒラ・ゴワゴワしたものは乗りにくいし、馬が怖がることがある。冬はもちろん最初からスキー・冬山用の完全防寒スタイルでないと乗れ ない。

(3)馬の扱いと馬装に慣れる

 最初は、用意してもらった馬に言われるとおりに乗っていればいいのだが、出来るだけ準備段階から参加して、馬の扱いに慣れ、鞍やハミ・手綱の着脱(馬装という)の仕方を覚える。特に長い距離を行ったりキャンプをする場合、馬を休ませるために一度馬装を解くことがあるし、そうでなくても休んだり交代したりする度に腹帯を締め直したりアブミの長さを調節したりするのを、出来るだけ自分でやれるようにする必要がある。

 馬の扱いの基本は、馬がとてつもなく臆病なものであることを知って、とにかく驚かせないように、ゆったりとした気分で、愛情をもって接することである。こちらがビクビクすると向こうが不安になる。馬の目は左右側方を向いていて、人間よりずっと視野が広いが、それでも真後ろは見えないし、また直近の真正面は人間と違って両目の焦点を合わせて立体性を捉えることが出来ないので、かえってよく見えないらしい。また聴覚は非常に鋭敏で、それが自己防衛の重要な武器なので、大きな音に驚いて跳ねたりすることがあるし、また耳に触られることを好まない。

●馬の後ろから近づかない。後ろを横切らない。驚いて蹴る可能性があるので。

●馬に近づくときは斜め前からゆっくり、声を掛けながら。

●大きなもの、見慣れない物、白いヒラヒラした布などをいきなり顔の前に突き出さない。

●馬の周りや鞍の上で「キャーッ!」とか大声を出したり、音を立てたりしない。

(4)準備体操をする

 乗馬は意外なほどの全身運動で(たぶん水泳に準ずるのではないか)、特に内股・腿・ふくらはぎなど普段余り使わない筋肉を使うので、乗る前によくストレッチをして、体を柔らかくしておく。体が硬いと落ちやすく、怪我も大きくなる。

(5)静かに乗り降りする

 馬に乗るには、前方から近づいて、「よろしくね」とか声を掛けながら鼻筋や首筋を撫でてやって、お友達になろうという気持ちを表す。そして、

●必ず馬の左肩の横に立つ。

●左手で手綱を持ち、その左手で鞍の前方のタテガミもしくはホーンを握る(タテガミはかなり強く引っ張っても馬は痛くないので大丈夫)。

●手綱は馬をコントロールする唯一の手段なので、乗る前から降りて繋ぐまで金輪際、手離さない。

●右手で鞍の後部の向こう側を握り、左右の手とアブミに掛けた左足に体重を分散しつつスッと体を持ち上げ、右足で馬の腹や背を蹴らないよう(馬が驚いて動き出す危険がある)大きく回しながら、静かに鞍にまたがる。

●まず手綱をしっかりと握って(馬が急に動いても大丈夫なように)から、右足をアブミに入れ、左右のアブミの長さが適当か確認し、姿勢を整える。

●足をアブミに深く入れすぎると、踏ん張りが利かず、また落ちたときに足が抜 けずに引きずられる危険がある。爪先から10センチ程度、靴の幅のいちばん広 いあたりがアブミの中心に来るくらい浅めにして、足首を柔らかくして踵を下げる。

 降りる時はその逆の順序で、右足を外して大きく回し、左右の手と左のアブミ に体重を分散させながら、次に左足を外し、腹から胸を鞍に滑らせるようにして静かに降りる。

(6)馬に自分の意思を伝える

 馬は一定の決まり事によって動くようしつけられているので、それに従って自分の意思を確実なサインで馬に伝える。逆に意図せずに無用のサインを送って馬を混乱させないようにする。訳の分からないサインを送り続けると、馬が人間を馬鹿にするか、嫌気がさして、言うことを聞かなくなる。

●腕を自然に垂らして、肘から水平もしくはやや下方に伸ばした左手で手綱を握 り、馬のクツワからのたるみがいつも左右均等になるように、長さを調節する(ブリ ティッシュの場合は両手で手綱を持ち、たるみがないよう張り気味にしてサインが鋭敏に伝わるようにするが、ウェスタンの場合は片手でたるみ気味に持つ)。

●手綱を握った手の位置はむやみに動かさない(無用のサインを与えかねないので)。常歩や駆歩の時に馬は首を前後に伸縮させてリズムを取るので、その動きを妨げないよう、拳を少し前後させる(「拳を譲る」と言う)が、上腕から肘はむやみに動かさない。速歩の時は馬の頭は動かないが、騎手の体が揺れたり弾んだりするので、体と一緒に拳を動かさず一定の位置を保つようにする。

●止まれ!は、手綱を持つ手を臍の方向に水平にしっかりと引く。急激に引いたり、上に引き上げるような動きは避ける。引きすぎると馬はバックしてしまう。

●右へ!左へ!は、その方向に手綱を真横に引く。手前に引くと馬は「止まれ!」のサインと間違える。単に方向を微修正するには、手綱で馬の首の反対側を押してやる。

●歩け!は、止まっている状態から手綱をやや緩めながら、左右のカカトで馬の腹を蹴る。かなり強めに蹴っても馬は痛くないので、はっきりと蹴る。馬によっては、ふくらはぎで馬の腹を挟み込むように押してやるだけで歩くし、モンゴルの馬の多くは「チェッ」と声をかけただけで動く。

●歩いている状態(常歩=なみあし=walk)で同様にすると、走れ!のサインになり、ドコドコ、ドコドコという2拍子の小走り状態(速歩=はやあし=trot)にギ アアップする。さらにその状態で腹を蹴ると、ダカダッ、ダカダッという3拍子の駆け足(緩駈歩=かんくほ=canter)になり、時速20〜40キロ程度のスピードになる。このほうが速歩よりも上下動が少なくて楽だし、「馬で走っている」という気分を味わえる。さらに走らせると、トコトトーン、トコトトーンと宙を飛ぶような駈歩(かけあし=galop)になり、競馬馬だと時速70キロほどまで出る。つまり馬は前進4速である。シフトダウンするには手綱をしっかりと引けばよい。

●言うことを聞かない時は、鞭で尻を叩き、それでも人を馬鹿にしてサインを無視する場合に耳の間の頭を叩いて服従させることもあるが、ウェスタンでは鞭を使わない。

(7)バランスの取り方を覚える

 ふつう乗馬クラブでは1回45〜60分程度の騎乗を「ひと鞍」という数え方をして、100鞍ほど乗ると初心者卒業とされるが、それは、一応馬上で楽にバランスをとって馬を操れる程度になるのにそのくらいかかるということである。

●常歩で歩いている時も、ドテッと鞍に座っていないで、上体を真っ直ぐにして尻(と言っても漠然と尻の全体でなく座骨の先端)に体重が乗るようにして、腰の関節で揺れを吸収し、しかもその体重の一部が両脚を通じて踵から地面のほうにスーッと抜けていくような感覚を意識する。

●速歩になると、とたんに上下の跳ねるような動きが激しくなり、尻に全体重をかけているとポンポンと空中に放り出されるほど跳ねて、とうてい乗っていられない。そこで、腰、尻、太股、膝、ふくらはぎ、足首など全部を使って反動を吸収してバランスを維持することを覚える(それに100鞍かかる!)。なお、下からの突き上げる力を1回おきにアブミに立つようにして尻を浮かせて衝撃を和らげる乗り方を軽速歩=けいはやあしというが、最初はこんな生意気なことを覚えるよりも、鞍に座ったまま反動に馴れるようにし、何度も尻の皮を擦り剥いた方が上達が早い。

●最初は怖いので、鞍の全部のホーンと呼ばれる出っ張り(ブリティッシュの鞍には付いていない)を右手で握りたくなるのはやむを得ないが、それではまったく上達しないので、出来る限りホーンには触らず、バランスを失ってこのままでは落ちそうだという時だけちょっと触ってバランス維持の補助にするようにする。その場合でも、手綱を持った左手は正位置を保持することが必要で、両手でホーンにしがみつくのは手綱がコントロールできないのでかえって危ない。

(8)いよいよ野外騎乗に出る

 本当は数十鞍は乗って、最低限のことを身につけてから野外に出るのが望ましいが、北海道ではそんなことを言っていられない。西城夫人など、去年の5月の時だったか、初めて帯広に来て飛行機で降りて車で川岸に着いて、初めて馬に乗って、いきなり「さあ行きましょう」とキャンターで走って落ちなかったからね。これはちょっと乱暴だが、まあ、勇気をもって、しかし細心の注意を払って、最終的には自己責任で、どんどん野外に出ることにしよう。

●先頭のリーダーの指示や注意に耳を傾け、歩き方・走り方をよく見てその通りにする。特に斜面を駆け上がるとか、川を渡るとかの場合、リーダーは最善ルートを選んでいるので同じルートを辿るようにする。

●自分の馬の鼻を前の馬の尻に向けるようにして、決して1列縦隊を乱さない。馬は基本的にはおとなしく並んで歩く習性があるが、中にはわがままな奴や気分屋がいて、勝手な行動をしたり道草を食ったりするが、それには厳しく対処して(手綱を強めに引いて馬の頭を引き上げ「許さない」という意思を示す)、隊列を守らせる。

●特に走った時に前の馬の横に出たり、追い越そうとしたりすると、(競走馬出身の馬だとなおさら)競争癖が出て爆走することがあるので、きわめて危険。

●前の馬との間隔を半馬身〜1馬身程度に維持する。あまり離れると、馬が勝手に駆けだして間隔を詰めようとすることがあり、乗り手がボーッとしていると後ろに振り落とされそうになる。

●川を渡ったり海に入ったりする場合は、特に前の馬から離れずにスムーズに歩くようにする。川の真ん中で立ち止まって前足を水に叩きつけるような仕草をした時は「水浴びをしたい」という意味で、放っておくと上に人間が乗っていることを無視してそこで寝転がってしまったりするので、厳しく対処して前進させる。水の深いところで落ちても、馬は普通は沈まずに泳ぐので、手綱を放さず、鞍につかまっていれば必ず向こう岸に着く。

●森の中では、馬は自分の体高のことしか考えずに歩くので、枝に頭をぶつけたり顔や特に目を刺されないように注意する。また前の人が手や体で押してたわんだ枝が勢いよく跳ね返ってきて顔に当たることがある。

●馬が前足を石や穴に取られて躓くことがある。体が前に傾いていると前方に放り出されるので、常に正しい姿勢を保ち、躓いたときは体を少し後ろに反らせて手綱で馬を持ち上げるようにして立ち直りを助けてやるとよい。

●上り坂では体をやや前傾し、下り坂ではやや後傾して馬を助ける。

●常歩や速歩ではまず落ちることはないが、野外では馬が何かに驚いて、横飛びしたり前両脚を上げて立ち上がったりすることがある。また、休憩中で止まっている時などでも、相性の悪い後ろの馬を後脚を跳ね上げて蹴り、そうすると蹴られた馬がまた驚いて跳ねたりすることがあり、その時に何の心の準備もないと振り落とされやすい。いつも、急に予想外の動きをすることがあり得ることを心得ておく必要がある。またキャンターで走っている際にだんだん体のバランスが崩れてきて、その時にカーブにさしかかったり、アブミから足が外れたりすると、落ちやすい。その場合は、心理的にパニックになると体がこわばって余計に落ちやすいので、あわてずに、手綱をしっかり引きつけ、右手でホーンを握って、体を柔らかくして両脚を馬の腹に巻き付けるようにしてバランスを保ち、馬の動きに付いていくようにする。暴走した場合も同じで、あわてて止めようとしてジタバタするするよりも、馬の動きに付いていくようにすると、やがてスピードが緩くなってコントロール可能になる。乗り手がパニクったり大声をあげたりすると馬もパニクって余計にスピードを上げたりするので、とにかくあわてないことが肝心。

●落ちる時は、出来れば、石よりも草や砂地、氷よりも雪の上に、柔道の受け身の要領で転がり、さらに手綱を持ったまま馬を逃がさないようにしたほうがいいが、引きずられるようなら手綱を放すのはやむを得ない。こういうふうに巧く落ちるには、私のようにいろいろな場面で7〜8回は落ちないとね。

 では、皆さん、お気をつけて……。▲



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